2004年2月11日
外来種問題シンポジウム
鎌倉生涯学習センター
神奈川県周辺のアライグマの分布拡大予測
解析: 小池文人(横浜国立大学 大学院環境情報学府,koikef@ynu.ac.jp)
もう少し詳しい解説はこちら(2006年3月に新潟であった生態学会での発表内容)
<はじめに>
1.神奈川県内ではアライグマの分布拡大が続いている.
2.森林や市街地などの環境と空間的な分布拡大速度との関係を求めた.
3.この解析結果を使って将来の アライグマの分布をシミュレーションで予測した
4.データは神奈川県による1999年-2001年のアンケート調査結果と,かながわ野生動物サポートネットワーク アライグマ・プロジェクト(浅見 順一,石渡 恭之,金田 正人,北林 輝夫,桑原 尚志,田畑 真悠,根上 泰子,葉山久世,藤井 明,堀 泰洋,村田 聡美,山本 美和, 山本 佳奈,吉之元 喜科,李 謙一)による2002年-2004年のアンケート調査(PNファンド助成事業)の結果を使用した.上記の3年間隔の2時点での,2次メッシュを4×4等分した約2.5kmのメッシュでのアライグマの在/不在の情報を用いた.
<アライグマの環境の好み>
方法
1.神奈川県では鎌倉市から分布拡大が始まったと言われている.前回調査の時点で三浦半島の先端(鎌倉から20km)に達していたので,鎌倉市を中心に半径20kmの円内にはアライグマが分布拡大する機会が十分あったと考え,この円中のメッシュについて森林を含む景観とそれ以外(耕地・市街地)でのアライグマの出現頻度を比較した(図1).
2.メッシュの植生は,環境省の3次メッシュ(約1kmメッシュ)の中心での植生調査結果を使った(1996年のデータ).今回の調査メッシュ(約2.5kmメッシュ)内に1地点でも森林が含まれれば森林を含む景観とした.
結果
1.森林を含む景観が好まれていた(表1).前回の調査でも傾向は同じだが統計的に有意ではなかった.市街地の多い地域に分布が十分拡大していなかったためかもしれない.
2.耕地のみの景観についてはデータ数が少ないので市街地とまとめてあつかった.しかし耕地の好みは今後の課題である.
3.アライグマは水辺を好むとされるが,今回のメッシュ(2.5km)は十分大きいので,どのメッシュも河川を含んでいる.
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図1.アライグマの分布と,鎌倉市から20km圏(分布拡大する機会があったところ)
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表1. 森林を含む景観と,市街地・耕地のメッシュへのアライグマの出現.未確認地域を除くメッシュ数を示す.
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2001年調査 |
2004年調査 * |
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アライグマの出現 |
森林を含む景観 |
市街地・耕地 |
森林を含む景観 |
市街地・耕地 |
在 |
24 |
21 |
36 |
34 |
不在 |
25 |
37 |
8 |
23 |
* P<0.05(フィッシャーの正確確率検定,「統計学自習ノート」で計算)
<分布拡大速度>
方法
1. 2001年の時点でアライグマが分布していたメッシュをアライグマの分散元として,2004年の調査メッシュから最も近い分散元までの距離を求める.多くのメッシュをまとめることで,距離とともに侵入確率がどのように低下するのかをロジスティック曲線(S字型の曲線)で近似する(ロジスティック回帰).
2. これまでの結果から森林を含む景観を好むことがわかったので,今回は移住の過程では森林を含むメッシュのみを考えて,森林メッシュから森林メッシュへと移住し,市街地や耕地は一時的に森林メッシュから出向いて利用すると考えるシナリオを用いた(図2).アライグマは民家の屋根裏で繁殖することも知られているが,全体で見れば野外の森林などでの繁殖のほうが多いと仮定していることになる.
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図2 移住過程の模式図. |
結果
1.
新規の放逐があると,この解析が難しくなる.そこで以下のような手順を踏んだ(図3).今回は「はずれデータ(新規放逐)」がはっきり区別できた.
a.まず1回目の解析を行う
b.予測ではアライグマが来ないはずなのに,今回の調査で発見された
メッシュは新規放逐と見なしてデータから削除する
c.最終的な解析を行う
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図3.新たな放逐の影響を除外する手順 |
2. 神奈川県でのアライグマの分散距離は,森林→森林と,森林→市街地・耕地で違いがなかった.3年間で数kmのオーダーだった(図4).
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図4 森林から森林への移住確率と,森林から市街地・耕地への移住確率.xは距離,P(x)は距離がx km離れたメッシュへの移住確率. |
<シミュレーション>
鎌倉からの分布拡大の再現
1. 「みんなでGIS」を使用してアライグマ個体群の分布拡大過程を調べた(以下のシミュレーション全て同じ).
2. 分布拡大を始めて18〜24年程度後のものか現在の分布に近いと思われる.逆算すると分布拡大を始めたのは1980年代前半になる.アライグマのアニメがブームになったのが1970年代後半で,鎌倉で目立つようになったのが1980年代後半なので,無理のない時期である.このシミュレーションの分布拡大距離はかなり信用できると思われる.
3. 森林と市街地が入り交じる多摩丘陵のランドスケープはアライグマのコリドーになる.
4. 南の三浦半島の方向よりも,北向きの綾瀬市の方向に早く拡大しているが,確率的なシミュレーションなので計算結果は毎回少しずつ違う.早く南下するケースも現れそうだ.
5. 津久井町・相模湖町や相模原市などに現在分布しているアライグマは,鎌倉のものとは起源が違いそうだ.鎌倉からのみ分布が拡大したと仮定すると,実際のデータに合わない.
図5 鎌倉からの分布拡大の再現.市街地・耕地での分布は表示していない.確率的な計算のひとつの例を示す.
神奈川県の将来予測
1. 西暦2013年頃には県内全域に分布するようになると予測される.
2. 県西部に散発的に存在するものを野生から根絶できれば,かなり時間稼ぎできるかもしれない.
図6 2004年の分布をもとにした分布拡大の予測.市街地・耕地での分布は表示していない.確率的な計算のひとつの例を示す.
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図7 現在のアライグマの分布をもとにした,神奈川県周辺の生息地の面積の予測結果.確率的なシミュレーションを10回行った結果を示す. |
もし神奈川県から関東甲信越に拡がるとしたら
1. 2030年頃には富士山や秩父・奥多摩にふつうに分布するようになりそうだ.2060年頃には南アルプス,2090年には北アルプス全域が生息地になりそうだ.関東甲信越全体に広がるのはおよそ100年後になる.
2. ただし,諏訪や奥多摩などでもアライグマの野生化の話があるので,そこから拡大すれば,2030年頃には関東甲信越全体が生息地になると思われる.
図8 神奈川県のみから分布拡大をすると仮定した将来予測.黄色はアライグマが生息するメッシュ.背景画像は環境省の植生自然度.確率的な計算のひとつの例を示す.市街地・耕地での分布は表示していない.
分布拡大の動画 (見るにはパワーポイントかそのビューアが必要)
<まとめ>
1.アライグマは森林が混在する景観を好むようだ.ここでは,このような景観を伝って分布を広げ,そこを中心として周辺の市街地のみの景観も一時的に訪問すると考えた.なお北アメリカでの生息地モデルもほぼ同様である.<リンク>
2.鎌倉市から戸塚区,大和市,緑区,相模原市と続く都市近郊地域や多摩丘陵は,アライグマにとっては,三浦半島の森林と丹沢など北部の森林のあいだをつなぐ回廊として機能しうる.
3.横浜市や川崎市の海岸部や,東京都心などの市街地のみの景観は,アライグマの分布拡大を阻止するバリアーになりそうだ.
4.あと10年すれば(2013年ころ),アライグマは神奈川県全体に拡がっているだろう.
5.神奈川県だけから全国にアライグマが拡がるのであれば,約60年後に長野県にまで拡がり,約100年後には関東甲信越全体に拡がることになるだろう.しかし多の地域にもアライグマの野生化の話があるので,そこから拡大すれば30年後に関東甲信越全体が生息地になる可能性もある.
6.1地点からのみの分布拡大であれば広域的に分布するまでにかなり時間がかかるが,様々な地域で多発的に放逐されることで,分布拡大は格段に早くなる.時間稼ぎのためには,既存の分布域から離れた地点での新しい定着個体群(新しい放逐)を根絶することが有効かもしれない.
7.神奈川県での,防衛線を設定しての北西部の山地への分布拡大の阻止は,5年前だったら,容易だったのかもしれない.
8.調査方法に関して,アンケート調査は迅速な方法だが,人口密度の高いところで確認されやすい(1個体のアライグマが都心を走り抜けたら大騒ぎになるが,森林内で繁殖していても見落とされることが多いだろう).アライグマの環境の好みを調べるためには,このデータのバイアスを明示的に取り除く必要がある.(ちなみに,このバイアスを考えずに森林性の動物のマップをつくると,森林の周りにドーナツ状にマッピングされることがよくある)
9.シミュレーションでは,以下の改良点がある
a.今回は3年ステップの計算をしている.しかし1年ステップの短い分散距離のモデルと,3年ステップの長い分散距離のモデルは,連続したハビタットでは同じ分布拡大速度になったとしても,ハビタットのパッチが孤立している場合には結果が違ってくる.3年ステップの計算ではより孤立した遠いパッチに移住してしまう.ただし,今回は市街地の一時的利用でも同じ分散距離だったため,この問題はないだろう.
b.メッシュ内の個体群動態を考えるとより正確になるだろう.
<すぐにやるべきこと>
本州中央部の山地(丹沢,富士,南アルプス)への侵入防止
1. 県の西部,北部に点在する個体群を取り除く
2.
離れた場所に新規定着した野外の個体群を取り除く
→ 全体の分布拡大速度をかなり遅くできる
3. 多摩丘陵北部(相模原市,町田市,青葉区)に防火帯(徹底的に捕獲)
調 査
1. 全国的な分布をアンケート調査などで把握 (東京都も)
2. ハビタットの利用のしかた(実際に歩いて調査.アンケートでは人の多い場所の情報に偏るので)
<今回使った環境データとプログラム>
植生の情報:
環境省 植生調査3次メッシュデータ (無料)
http://www.biodic.go.jp/dload/mesh_vg.html
空間情報処理とシミュレーション:
教育・研究・市民アセスメント用空間情報処理システム「みんなでGIS」(無料)
http://www13.ocn.ne.jp/~minnagis/
ロジスティック回帰:
SPSS10.0J (有料,ただしロジスティック回帰はExcelのソルバーでもできる)
統計検定:
統計学自習ノート (www上で無料で計算できる)
http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/lecture/Cross/Fisher.html