改訂2005年6月14日
生物侵入リスクの評価と管理
下記のシンポジウムの講演内容をもとに編集しています.
2005年3月23日 第4回「21世紀COE生物・生態環境リスクマネジメント」シンポジウム ‐持続可能な生態環境保全に向けて‐
2005年2月27日 シンポジウム「外来種のもたらすリスクと生物多様性保全」
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外来種クマネズミにより野生絶滅した小笠原諸島母島のタイヨウフウトウカズラの,ありし日のすがた. (1980年8月小池撮影)
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生物侵入リスク
これまで地域にいなかった生物が野外の自然に侵入すると,自然がそれまでと比べて大きく変化したり,経済的な被害やヒトの健康被害がおきることがある.このようなことを起こすのは,これまで生息していなかった生物が他の地域から侵入する外来生物と,遺伝子組換えによって人工的に新たな生態特性を獲得した生物である.
有害な化学物質の放出や土地利用の改変,窒素やリンによる富栄養化の影響などと生物侵入の大きな違いは,たとえ少数の個体の侵入であっても生物が増殖することにより時間と共に影響が拡大すること,本来のストレス要因である生物の導入をやめても影響の拡大が止まらないこと,いったん広範囲に分布が拡大すると,幸運な例外を除いて元に戻すことができないこと,などがある.化学物質による汚染に例えるなら,排出された化学物質が野外で自己増殖して増え続けることに相当する.
外来生物による自然の改変は現在進行中であるが,遺伝子組換え生物については,今のところ人工的な遺伝子を持った植物が野外で成育しているのが見つかりはじめた段階であり,広範な侵入はまだ確認されていない.
外来生物や遺伝子組換え生物のリスク評価では,これまで自然の中に存在しなかった生物がどのような影響を与えるのか予測する必要がある.現在の時点では外来生物の事例が豊富であるため,ここでは外来生物の問題を中心にとりあげる.外来生物での経験は遺伝子組換え生物にも応用できるところが多いであろう.
[外来生物について]
外来生物と在来生物
生物の中でもコケの胞子などは風によって遠くまで運ばれるとされ,世界中で共通の種も多いという.しかし種子植物では,1世代の間に自然のメカニズムによって植物(遺伝子を含む)が移動できる距離は,花粉の移動であっても,種子散布であっても,ほぼ数十メートルから500m程度の範囲であり,最大で5km以内程度であろう.そのため大陸移動などの地球の歴史の名残が生物の分布にもみられる.ナンキョクブナ(ブナ科の樹木)の仲間は南半球にのみ分布し,かつて南極が温暖であった頃に南極とその周辺に分布していたと考えられている.ミミズも長距離の移動能力が低いため,ジュラ紀のゴンドワナ大陸の痕跡が現在の分布にあらわれている(ブレイクモアほか).ところが現在は人間により1000kmから1万kmの移動が頻繁に行われるようになり,自然の状態と比べて約4桁増の移動が人為的に行われることにより地球全体の生物相が均一化する方向にある.
北半球の温帯で普通に見られる樹木のマツ属は本来は南半球には分布していなかったが,現在は南半球で野生化し従来の森林限界を超えた高山帯でも成林するなど大きな影響をもたらしている.一方でオーストラリアの痩地に成育するアカシアやメラロイカなどの樹木はアフリカ,アジア,アメリカに侵入している.特にメラロイカは東南アジアやフロリダのエバーグレイズ国立公園などの海岸近くの貧栄養の湿地に侵入し,高木林を形成している.このメラロイカはフロリダでは有害な樹木とされて根絶事業が行われているが,ベトナムでは有用樹種として植栽試験が行われているという.
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昔のヒトの移動に伴って運ばれたと考えられている生物がある.日本の水田雑草の多くやオーストラリアでアボリジニが持ち込んだとされるイヌ(ディンゴ)などである.このような生物は正確な記録が少ないことや,すでに広範に分布しているため,外来生物としては扱わないことが多く,外来生物法などの日本の法律でも明治時代以降に侵入した生物を外来生物としている.現在以上の影響を阻止しようという考えかたでもあろう.新しく侵入する生物の種類数は社会情勢の影響を強く受け,貿易量に対応して増える.1990年代以降は世界的に自由貿易がひろがり,新しい外来生物の侵入も増えている.
外来生物の影響
経済的な影響やヒトへの健康影響もあるが,ここでは本COEのテーマでもある野外の自然への影響を考える.
生物多様性への影響については,狭い地域で見れば多様性(種数)は外来種によって増加する可能性が高いが(地域に生息する種数が増える),地球全体では必ず減少する.ふつうの絶滅問題ではローカルな絶滅の積み重ねがグローバルな多様性の減少につながるが,外来生物問題ではローカルとグローバルの多様性の動きが逆であるため,重要性を認識しづらい.
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生物の保全は遺伝子レベル,種と個体群のレベル,群集レベル(種類組成と優占度),生態系レベル(エネルギーと物質の循環)の,それぞれの保全が必要であるといわれるが,外来生物問題でも同様であろう.この中で雑種形成(遺伝子レベル)や在来種の絶滅(種・個体群レベル),水質変化や草原の森林化など生態系の改変(生態系レベル)の関心に比べると,群集レベルでの伝統的な種組成の変化はもう少し重要視されても良いのかも知れない.
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三浦半島のシュロ類が優占した林床.絶滅した種はなさそうだが,種組成や優占度が変わってきている. |
外来生物が在来の生物に影響を及ぼすメカニズムは交雑(近縁種のみ),捕食(ネズミが植物を食べるのも捕食),資源競争などである.大きな影響を与える外来生物を特に侵略的外来生物(invasive alien species)と呼ぶが,最近の研究によって小さな影響しかあたえない種(普通は侵略的,invasive,と考えられていない種)であっても種数が増えれば在来種を競争的に圧迫することがわかってきつつある.
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かつては同じニッチの種どうしの競争によって種の置き換わりが起きると考えられてきたが,少なくとも植物では類似した種がしばらくは共存し,種数が増えるごとに少しずつ種の個体数が減ってゆく状況のほうが普通であることが知られてきた.
外来生物の影響の大きさを実感するためには,できれば庭や校庭などの雑草群集に2m×2mくらいの固定枠を2つおき,一方からは図鑑に載っている外来植物を全て除去してみると良いかも知れない.在来種だけからできた雑草群集はどんなものだろうか.うまく行けば江戸時代の雑草群集を復元できるかもしれないが,すでに在来種が絶滅してしまった地域ではあまり植物が生えてこないこともありうる.
リスクの評価
リスクとは困ったことが起きる確率であり,困り方の程度(影響の大きさ)をハザードと呼ぶ.生物侵入におけるハザードには侵入,他種の絶滅,などのレベルがある.一定以上の影響(エンドポイント)の困ったことが起きる確率を見積もるのがリスク評価(リスクアセスメント)である.とにかく野外に定着する確率を調べるところから,多種を絶滅させるような大きな影響を与える確率を調べるところまで,いろいろなレベルでのリスク評価ができる.ただし,ひとによってはハザードをリスクと呼んだり,ハザード×リスク(期待値)をリスクと呼ぶこともあり,広く社会の人々の共通の言葉を作るのでなければ,合意形成の道具としては少し使いづらい面もある.
外来生物のリスクアセスメントでは,意図的な導入(栽培植物,ペット,貝の放流など)の場合は「種」のリスクを評価する.この場合に予測の不確実性をもたらす原因は,知識不足や,そもそもの自然の不確実さ(たとえば確率的に種組成が変わる)などである.非意図的な導入(飼料に混在する雑草の種子,バラスト水の中の生物,放流する貝に混入した他の生物など)の場合は物資が持ち込まれる「経路」(アメリカからの牛の飼料,オーストラリアの羊毛,など)のリスクを評価する.非意図的な導入での不確実性の源は,積み込み地で生物が混入するかどうか,などが大きい.すでに実用化されているものとしては,種のリスク評価として植栽前に植物を評価するweed risk assessmentがあり,経路のリスク評価にはバラスト水のリスク評価や検疫で使われるpathway risk assessmentなどがある.
外来生物のリスク評価
外来生物法では特に警戒すべき特定外来生物を選定して対応することになっていて,何らかのリスク評価が必要である.侵入予測の確からしさは,1.これまでの侵入実績,2.生態特性からの統計的な予測,3.個体群や群集のメカニズムからのシミュレーション,の順に信頼性が落ちてゆくと言われている.私は特定外来生物の選定には関わっていないが,もし選ぶとしたら,1.すでに日本で被害をもたらしている生物,2.日本では広がっていないが世界のどこかで侵略的なことが知られている生物,まだ侵略の実績はないが生態特性から侵略種になることが予測される生物,の順に選択するのが現実的なのかも知れない.
特定外来生物を選ぶ方法としては,短期的には,ニュージーランドやハワイで行われていて小笠原での実績もあるweed risk assessment(WRA)の方法を応用するのが良いかも知れない(加藤ほか).専門家へのアンケートをもとにチェックリストを作り,点を合計して総合スコアをもとめ,これで判断する.水生生物や動物などにも十分応用可能だろう.WRAで使われているチェック項目の妥当性を検討するため,小笠原のデータを用いて専門家の侵入・影響予測(3段階の主観的判定)を目的変数として解析したところ,個々の変数よりも総合スコアが最も良い予測変数であった.WRAは単純な方法に見えてかなり良いやりかたであることがわかったが,実際には総合スコアはほぼ侵入実績によって決まっており,生態特性などを考慮する意味はあまりないようだ.WRAは侵入実績をなるべく客観的に表現しようとするための方法と割り切って捉えるのが良いのかも知れず,他の生物的な特性はチェックリストから削除して簡略化しても良いのかもしれない.なお,結果の評価に使った専門家の侵入・影響予測評価そのものが,侵入実績をもとにしたものである可能性も高い.
表. Weed Risk Assessmentのチェック項目と専門家判断などとの相関係数 *P<0.05, **P<0.01
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専門家 判断 |
総合 スコア |
栽培 種か |
気候 合致 |
侵入 実績 |
被害 性 |
特殊な 植物 |
繁殖 特性 |
散布 特性 |
その 他 |
専門家 判断 |
1.0 |
0.556** |
-0.200* |
0.216* |
0.450** |
0.225** |
0.230** |
0.260* |
0.229* |
0.204* |
総合 スコア |
0.556** |
1.0 |
-0.159 |
0.318** |
0.866** |
0.368** |
0.324** |
0.501** |
0.548** |
0.528** |
情報の収集
特定外来生物の選定をより客観的に行うのであれば情報の収集が必要になるが,どのような情報を収集すべきか,という議論は十分でないように思う.外来生物データベースは世界的にもいくつかあるが,データベースの項目によっては単なる外来生物図鑑になってしまう可能性もある.リスク評価に役立つものにすべきである.
「1. すでに日本で被害をもたらしている生物」を選出するには,日本国内の全外来生物のリストや経済被害,健康リスクの評価の他に,自然への影響の大きさを知る必要がある.しかし脊椎動物など種数が少なく個別に議論できるものは良いが,植物などでは多数の外来生物について統一的な基準で自然への影響の大きさを測るための良い手段が必要である.考えられる可能性としては,a.文献検索(しかし全ての生物が調べられているわけではない),b.専門家アンケート(アンケート方法・集計に工夫が必要),c.野外調査(侵入した群集での優占度,地域としていない地域の群集や生態系の比較など),d.除去実験(労力がたいへんで時間がかかる場合もある),e.将来予測から影響を評価,などが考えられる.アイデアを出せばあんがい簡単に実現可能かもしれない.
植物では日本中のハビタットで,どの種が現在分布拡大中なのか,問題を起こしそうなのか,日本全体を把握している個人は存在しない.また生態影響に関する文献情報も満遍なく研究されているわけではなく,一部の対象に偏っている.そのため早急に全体像を把握するには,とりあえず各地の専門家へのアンケート調査が必要かもしれない.
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「2. 日本には入っていないが世界で被害をもたらしている生物」も基本的には1番と同じであるが,他国との情報共有が重要であり,このような情報共有システムはNGOを中心に整備されつつある.
「3.まだ侵略的である実績はないが生態特性から侵略種になる可能性を予測」するためには,外来生物は在来種との相対的な優位性で侵略種になるため,在来種の情報が必要であり,外来生物の情報のみを納めた外来生物データベースは予測の目的には使えない.なおこの場合の在来種の種特性データは全種には必要でなく群集のインベントリ(植生誌など)からのサンプリングされた種でよい.
生態特性からの侵入予測モデルの構築の例
私の研究室ではメカニズム研究による群集予測を行ってきたが,14年ほど前からは生態的形質を基にした統計的手法による群集予測や外来生物の侵入の事前予測モデルの構築を行ってきたので,その事例を紹介したい.
このアプローチでは,潜在的に侵入しうる種のプールを想定し,その中で実際に侵入した種と侵入できなかった種を調べ,侵入の可否を目的変数,種の生態特性を説明変数として,統計解析によりルールを抽出する.
侵入の対象地(侵入の成否を判断する場所)と種のプールの取り方にはおよそ3つの方法がある.第1の方法は侵入対象をひとつの群集(極相林,雑草群集,などの個々の群集タイプ)として,その周辺に成育する植物種を種プールとする.第2の方法は広い地域の多様な群集のあつまり(南半球など)を侵入対象として,種プールとしては外来生物のひとつの分類群(樹木のマツ属や鳥類のスズメ類など,類似した生活のしかたのもの)を考える.第3の方法はやはり広い地域の多様な群集のあつまりを侵入対象とするが,種プールには導入記録のある全ての外来生物(樹木から1年草まで)を考える.
第3の方法はweed risk assessmentの生態特性に関する部分(侵入実績評価でないところ)が一例であるが,良い結果が得られないことが多い.理由は,外来生物には極相林に侵入する高木や1年性の耕地雑草があり,これらの共通の生態的性質を探し出すことになるが,都合の良い共通の性質は実際には存在しない.無理に解析を行うと,今の時点で種数が多い雑草のデータに引きずられて,「雑草的な特性」が弱い予測力を持つとの結果になることが多い.しかし,この場合は極相林の侵入種の予測に失敗する.また第3や第2の方法では導入の頻度や導入個体数,導入先のランドスケープ(ヒトが攪乱した地域が多い)なども侵入の成否を決める重要な要因になるので,r戦略的な種が侵入するとの結論になることがおおい.それに比べて第1の方法では「その群集に十分な量を植え込んだら野生化するか」を判断しているため,群集ごとに特徴的な生態特性の種が侵入可能である,との結論になる.また在来種の種特性によって侵入が可能であったり不可能であったりする現象も予測できる.たとえば高木のアカギは沖縄や東南アジアでは極相林に侵入できないが,小笠原では極相林の優占種となる.
第1の方法を使うと,多くの群集タイプでの予測モデルを作る必要がある.里山地域は,森林をはじめ刈取草地,耕地雑草群集など,多様な群集がモザイク状に分布していて,多くの侵入予測モデルを同時に求めるためにも好都合である.日野市の里山での研究の結果,森林では耐陰性(どれだけ暗い場所で生存できるか)が重要で,畑の雑草群集ではたいへん長い開花期間と地表で横に広がる形態などを用いて,ある程度予測できそうである(田中・小池).
今後は群集のインベントリに現れる種の生態特性を計測することで,全国の多様な群集への侵入予測が可能になると考えている.たとえば岩地や石灰岩地には在来植物も特有の群集を作っているが,外来植物でも果樹のビワやモモ,庭木のナンテンなど,普通の立地には野生化しない種が優占することが多くあり,群集ごとの侵入予測は不可欠である.そのためには群集の種組成のデータベースと,そこから抽出した種についての生態特性のデータベースが必要である.
短期的(5年以内)には国内・国外の侵入実績や被害実績をもとにした評価が現実的だろうが,群集のインベントリのデータベース化とサンプリングされた在来種の種特性の測定が公共事業的に行われれば,まだ実績のない種の侵入リスクの評価もあと5年程度で実用可能になるかもしれない.
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地形による侵入リスクの空間的な分布
侵入リスク評価では、地域の中でどの場所への侵入が起きやすいのか評価することも大切である.重要な自然への侵入が予測されるときには対策を立てる必要がある.ここでは当研究室が行った,小笠原諸島母島の外来樹木の地形ごとの侵入予測の例を紹介する.
小笠原諸島はマリアナ諸島に近い海洋島であり,祖先が東南アジアから来たと考えられる生物や,日本の本州から来たと考えられるもの,ハワイに類縁関係を持つ生物などが分布している.木本植物の固有率は71%で,稀少な植物が多い.多くの外来生物が固有の自然に大変大きな影響を与えていて,外来生物問題が顕著な地域である.
植物の群集では,優占種となるには最大樹高が重要な生態特性である.そのため,まずサンプルデータから種の最大高と地形との関係を調べ,これを用いて地域全体の各種の最大樹高を予測し,ここから各地点の優占種が外来生物であるかどうかを推定して地図を作製した.
その結果,稜線や急斜面は在来種が優占するものの,現在はまだ在来種が多い山稜直下で外来種(主にアカギ)がこれから優占する可能性が高いことが示された.この地域は現在は湿性低木林であり,ハハジマノボタンやヘラナレン,ユズリハワダンなどの固有種の成育地である.外来植物の高木林になればこれらの種の絶滅も危惧されるため,早急に対策を取る必要がある.
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ヘラナレン(キク科) |
ユズリハワダン(キク科) |
ハハジマノボタン(ノボタン科) (いずれも小池撮影) |
空間拡大の予測と最適駆除戦略
神奈川県内のアライグマは1980年代から野生化がみられ,1990年代から被害が発生し始めた.2001年の神奈川県の調査(1999年〜2001年までのデータ)と2004年のかながわ野生生物サポートネットワーク(NGO)のデータ(2002年〜2004年)から分散カーネルを推定し、在・不在データのみを使ったメタ個体群モデルによる分布拡大の予測を行った。外来生物では迅速な対応が求められていて,詳細な個体群パラメータが得られる前の段階での将来予測が必要である.また人為的な放逐も行われ続けているため,遺伝子を用いて親子関係などから分布拡大を調べる方法も役立たない.このため2時点の2枚の分布地図からメタ個体群モデルによって将来予測を行うことは,簡便で実用的なアプローチである.
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この分布拡大予測をもとに,県内の5個の地域個体群に対して,どのような組み合わせで根絶することが望ましいのか最適戦略を求めた.この評価では(根絶のあとt年後の効果)/(根絶作業のコスト)の比を最適化している.その結果,20年以内の将来を考えると周辺の孤立した個体群の除去が最もコストパフォーマンスが良く,20年から50年後を考えると分布域の周辺の個体群(津久井町〜真鶴町)を全て除去することが最適である.また50年以上先の将来では全ての個体群を除去するのが最もコストパフォーマンスの良い戦略となる.ちなみに現在最も被害の大きな中心の個体群(三浦半島)のみの除去はコストパフォーマンスが最も悪い戦略である.
現在の狭い面積の除去が将来のより広い地域のアライグマを減少させるため,このような事業は投資と見なせる.投資の利回りを計算してみると,現在の長期国債の利回り1.9%よりも高かった.このことは債券を発行しての根絶事業が経済的には十分に有利であることを示す.逆に事業を行わなかった場合は,年利30%などの非常に高額な負債を負っていることに相当する.
ただし,面積が有限な島嶼や,分布拡大が止まった場合,侵入のごく初期の場合などを除いて,野生化した外来生物の根絶は大変むずかしい事業でもある.どのような事業であれば成功するのか判断する助けとなるような,世界の根絶事業の成功例と失敗例のレビューは2005年中に発行される予定である(クラウトほか). 神奈川県のアライグマに当てはめれば,根絶事業が成功するかどうかのぎりぎりの時期にある.
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ところで根絶のコストには,社会的には費用の他に駆除される動物の命のコストがあると考えても良いのかもしれない.動物の命を奪うにはだれでも心理的な抵抗があるし,特にペットとして飼育されていた哺乳類は心理的な抵抗が大きい.早期の根絶で費用のコストを減らすことは,命のコストを減らすことにつながる.もし命のコストをほとんどゼロにして根絶するなら,野生のアライグマを全て捕獲して生存中はケージで飼育を続けるのが良いことになるが,その費用は莫大なものになって国民全体で負担できるものではなくなるかもしれない. 本来アライグマを野外に放したり,エサを与えるなどして野外での増殖を支援したりしなければこのような問題は起きなかったので,野外に放したりエサを与えたひと(場合によっては輸入者や販売者なども)が根絶事業の費用と命のコストを両方とも負担するのは適当なやりかただろう.何年前にどの地点で何個体放したのかがわかれば,個体群モデルを使って,放したひとが負担すべきおよそのコスト(当該のひとが捕獲すべき個体数)を計算できる.根絶事業が遅れると負担すべきコスト(費用と命)は指数関数的に増えてゆく.
リスクの管理
リスクの管理は,困ったことが起きる確率を必要なレベルに保つ作業である.外来生物では外来生物法(特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律,2005年6月施行)により,特に影響の大きな種は飼養や輸入が禁止された.しかし,指定された生物以外については植物防疫や衛生的な面で問題となる害虫などでなければ導入できる.これからさらに評価作業が進むことによって特定外来生物の種数は増えてゆくであろう.沖縄から小笠原への導入など国内に起源する外来生物は,都道府県の条例に任されるため,今後の条例の整備が必要である.
特定外来生物 |
拡散防止や根絶などの対策をとるべき種 まだ国内に持ち込まれていない種も含む |
政令
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未判定外来生物 |
まだ国内に入っていないが導入にあたって警戒すべき種で,輸入するには評価が必要.特定外来生物と類似の生態特性の種を指定する予定だが,生態特性の評価がうまくできないので,今のところ特定外来生物の同属や同科の種を中心に指定. |
省令
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要注意外来生物 |
上記以外で無視できない外来生物 影響が大きくてもすでに広く分布してしまって実効的な対策が難しい種と,特定外来生物に入れるかどうか判断がついていない種が含まれる. |
非公式 なもの |
外来生物法はすでに国内に入ってしまっている生物と,未だ入っていない生物の両方が対象になるが,法律で侵入を阻止する効果の大きさを考えると,未だ導入されていない生物の導入制限が最も効果的である.すでに侵入が終了してしまった種では,重要な群集での駆除事業は必要だが日本全体からの根絶はほとんど不可能である.このため特定外来生物としては,すでに侵入が終了してしまったものよりも,侵入前の生物を多く指定することが望ましい.
実際の作業としては,国外の生物の種数は大変多いため,その中からリスクの大きな生物をあらかじめ拾い出して評価するのは大変である.そのため2005年の時点で導入されていない生物全てを自動的に未判定外来生物にしておき,輸入者がリスク評価に必要な費用を負担して輸入許可を申請し,審査する側はそれに応じて調査を行うかたちにするほうが作業としては無駄が少ないように思える.申請にコストがかかれば,経済価値の低い種は輸入申請が行われないだろうし,今後新たに導入する種では経済価値の高い生物は少ないだろう.ただし,すでに導入されている種は別途評価する必要がある.
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意図的な導入にしても非意図的な導入にしても,輸入者や輸入した生物を利用するひとたちは利益を得るが,外来生物が野生化して被害を受けるのはそれ以外の一般の市民や伝統的な農林水産業の従事者,政府などである.利益を受けるひとと不利益のリスクを負うひとが一致しないためフィードバックがかからず,無責任な輸入が続けられる.経済のメカニズムとして,不利益のリスクを輸入者や利用者に環流するシステムが必要で,損害賠償はひとつの有力なメカニズムであろう.ただし輸入者が責任を負うのか,野外に放逐した者が責任を負うのか,また誰が放したのか特定する手法をどうするか,などの問題もある.特定外来生物に指定されない種であっても,導入する種ごとに輸入に際して課金して資金をプールし(第3者によるリスク評価をもとに保険料率を変えるなど),被害者の救済や根絶事業などに当てる仕組みがあってもよいのかもしれない.非意図的な導入においても経路や物資のリスクに応じた保険料率を計算できるだろう.リスク管理は困ったことが起きる確率を許容レベル以下に抑える作業だが,外来生物保険のような経済的な仕組みも重要であろう.
[遺伝子組換え生物について]
どんな問題を起こしうるか
現在実用化されている遺伝子組み換え作物は,除草剤耐性や昆虫を殺す物質を持つものであり,成長速度を上げたり耐乾燥性を高めた緑化植物などはまだ開発中であって実用化されていない.緑化植物などでは外来生物と同じような自然への影響が考えられるが,それ自体の野生化がおきにくい作物でも,人工の遺伝子が近縁種の野生の個体群の中で増殖して浸透してゆく可能性がある.除草剤耐性遺伝子は除草剤を頻繁に散布する民家近くでは大変有利な遺伝子であり,人間による攪乱の大きな環境での生存を決める生態的特性としては重要である(ウリカワなど).水田や果樹園などの雑草の種組成は,除草剤耐性で決まっている部分も大きい.外来雑草として頻繁に見られるアブラナ類に近縁な除草剤耐性の遺伝子をもったナタネが,日本に輸入されたあと路傍にこぼれて開花結実していた,との報告もあり,野生の雑草に人工的な除草剤耐性の遺伝子が浸透するのは時間の問題かもしれない.
現在のリスク評価
遺伝子組換え生物のリスク評価はカルタヘナ法(遺伝子組換え生物等の規制による生物の多様性の確保に関する法律)に基づく告示で指針が示されている.生態リスク評価のエンドポイントとしては,人工の遺伝子を持った生物が野外に定着する段階と,人工の遺伝子を持った生物が野外の自然を大きく変えてしまったり経済被害をもたらす段階の,ふたつのエンドポイントが考えられる.しかしカルタヘナ法に基づく告示では人工の遺伝子の野外への拡散は問題にしておらず,在来種の絶滅など大きな影響が出る場合についてのみのリスク評価を考えている.
じっさいのリスク評価では,外来種の場合に大きな予測力を持っていた侵入実績は使えない.他方で生態特性だけからの侵入予測も,現時点では確立された技術にはなっていない.そのため,野外への侵入実績のない作物について,在来の栽培品種と同じような生態特性を持っていれば侵入しない,と見なして判断している.
技術の発展と社会のニーズ
荒れ地や乾燥地,塩害地域などの遺伝子組換えの緑化植物は,発展途上国であれば受け入れられる可能性があるが,技術的に可能になったとしても先進国では野外で実際に使うことはできないだろう.厳しい立地で大きく成長する遺伝子組換え植物ができれば,在来の自然にとっては大きなストレス要因になる.
すでに,法律的に国内で栽培できる遺伝子組換え作物は多くある.しかし国内での営利栽培は行われていない.日本の農産物は国外と比べてコスト競争力が弱いとされ,遺伝子組換え品種などを使わず農薬の利用も管理された「国産ブランド」として輸入品よりも有利に取引されている.衣類や自動車などでは,形にならないイメージやブランドは,消費者に製品を売る場面で非常に重要であるとされる.国内の農家は国際的な単純な価格競争に巻き込まれるのを避け,経営的にも有利な「国産ブランド」を守ろうとしているように見える.国内で遺伝子組み換え作物を栽培して多少のコストダウンをしても,「国産ブランド」を壊して輸入野菜との単純な価格競争に巻き込まれると,かえって不利になる可能性が高い.