200871

2009428日改訂

淡水産外来生物の分布拡大調査法

 

 

小池文人(横浜国大)・伊藤健二(農業環境技術研究所)

 

 

 

コモチカワツボ(微細な外来巻貝)の調査講習会.

撮影:園原哲司

 

 

◆なぜ調べるのか

 外来種の分布を継続的に調査することは,いろいろな面で社会生活に有益な情報をもたらします.将来の分布拡大を予測することで,対策を事前に取ることもできるでしょう.また,だんだん分布が広がってゆく様子を目の当たりにすることになるので,普通のひとにも自分が住む地域の自然の変容を実感できます. 

淡水産外来無脊椎動物はどの水域にどの外来生物がいるのか,いまだにわかっていない地域も数多くあります.しかし,これらの生息地は川の水系ごとに孤立しているので,普及啓発によって分布拡大を止められる可能性も高いと思われます.そこで,ここでは淡水産外来無脊椎動物の分布調査を効率よく行う方法について述べたいと思います.

 

 

◆どの外来生物を調べるのか

 外来生物の種類はたくさんあります.その中か ら、在来の自然への影響がおおきいこと,全国的な分布 状況の把握がまだ不十分であること、専門家ではない普通の人にとって比較的見つけやすく区別しやすいこと,などの観点から、岩崎(奈良大学)・竹門(京都大学)の両氏が全国的な情報収集体制作りや野外調査の必要性を提案している淡水産の外来生物は以下の種類です.ただしこの中で外来カワリヌマエビとタイワンシジミ,外来プラナリアは同定(名前を調べること)に注意が必要なので,専門家によるサポートも計画されています.

・コモチカワツボ

・カワヒバリガイ

・フロリダマミズヨコエビ

・タイワンシジミ

・外来カワリヌマエビ(ミナミヌマエビ)

・外来プラナリア3種(アメリカナミウズムシ、アメリカツノウズムシ、トウナンアジアウズムシ)

 

植物では特定外来生物などで分布拡大中の水辺植物が候補になります.

・ミズヒマワリ

・ナガエツルノゲイトウ

・ブラジルチドメグサ

・ウチワゼニクサ

・オオカワジシャ

・オオフサモ

・ボタンウキクサ

 

 

◆分布拡大初期のための調査方法と,中期以降の調査方法

 分布拡大を始めた直後と,野生化個体群がすでに面的に拡がった後では,分布調査の方法を変えると効率的かもしれません.

 

A:分布拡大初期 −地点による調査−

 分布拡大を始めた直後には分布している場所は少ししかなく,ほとんどの場所は明らかに未分布のままです.このような時期には,とにかく発見した地点を点として地図に載せてゆくのが効率的です.野外調査では,歩き回って対象生物の生息に適したハビタットを探索することになります.この場合も生息していそうなハビタットであるのに発見できなかった地点の記録を残しておくと(探索経路),不完全ではあっても未分布地域の判定に役立ちます.

 ただし正確な分布域を特定しようとするときには後述の調査区間を使った調査が必要です.目安として,野生化した個体群がひとつの都道府県で数カ所程度見つかる場合には地点調査が良さそうすが,分布が面的に拡がり,ひとつの水系のどこまで分布しているのか知りたい場合には区間調査を行うことになります.

 

 

B:分布拡大中期以降 −調査区間を使った分布調査−

(1)「分布していない」場所のデータが大切

・調査地をでたらめに歩き回って発見した場所を地図にプロットしてゆくと困ったことが起きます(図1と図2).生物が見つかったマークがある地点にその生物がいたことは確かですが,マークがない地点は「探したが見つからなかった」のか,「調べていないのでわからない」のか,がわかりません. また,100人でじっくり探して見つからなかったのか,1人でちょっと歩いて見つからなかったのか,その違いもわかりません.

 科学的な調査で「その場所に分布していなかった」と断言するのは難しいことです.なぜなら「今回の調査では見つからなかったけど,多くの人がもっと長い時間探したら見つかるかもしれない」「別の方法で探したら見つかるかもしれない」という可能性がいつまでも残るからです.でも無限に調査を行うことも出来ません.そこで「見つからなかった」場所のデータとは「これだけの努力をしたけど発見できなかった」という形で表現することになります.その結果として,科学的な分布調査の結果は次の三つの結果にまとめられることになります.

・生息していた

・一定の努力をして調査したけど見つけられなかった

・探していないので不明

 

 

1. 知りたいのは「生息している」か「生息していない」のどちらかなのだが,科学的な調査の結果は「生息している」,「探したが見つからない」,「調べてないので不明」の3通り. データの解析では「探したが見つからない」を「生息していない」データとして扱い,「調べていないのでわからない」という場合は欠損値としてあつかうことが多い.(発見確率を考えることもできるが,ちょっと複雑)

 

 

2. 青丸のところで外来生物が見つかった.しかし印がないところにはいないのか,調べていないのでわからないのか,が不明.(仮想的なデータ.背景地図は国土地理院1:2500地形図伊勢原)

3. 調査区間の河川をきまった努力量で調べる.努力量は探索する時間で計ることも多いが,「網ですくう回数」とか「砂をふるいにかけて調べる地点数」,「歩いた距離」などで計っても良い.たくさんの調査区間で流域全体を覆う.(背景地図は国土地理院1:2500地形図伊勢原)

 

 

(2) 努力量をそろえるための調査区画

 探索する努力量を揃えるために,河川を一定の区間に切って,その区間を決まった努力量で探索する方法をとります.

 区間の長さによってメリットやデメリットがあります.区間が短いと身近な自然を歩いて調べるには良いのですが,日本全体を調べようとすると労力がかかりすぎます(図4).区間が長いと調査が楽なだけでなく,瀬や淵,個々の蛇行などの小さな空間スケールの環境の影響が消えるので純粋に地理分布を見やすくなりますが,あまり区間が長いと空間パターンがわかりにくかったり,分布拡大の動きを検出しにくい,野外調査の充実感が少ない(1日歩いてデータひとつ),などの問題点もあります.

 そこで,小さな区間の調査結果を大きいレベルの分布図にまとめることが容易になるように,区間を何倍かしたら上のレベルの区間と重なるように区画の区分方法を考えてみました(図4).こうすると,小さいスケールの調査をまとめたデータを元に広域の分布図も作ることが出来るようになります.

 

 

4. 調査区間の大きさのメリット,デメリット.ひとつの県や関東地方全体などを調べるには,川を8kmの長さで区切って調べるくらいが適当かもしれない. 身近な自然を調べるには250500mくらいのスケールも良い.小さいスケールの調査をまとめたデータを元に広域の分布図も作ることが出来るように,2の累乗の区間長を考える.

 

 

 このほか,生物が生きている環境を調べる調査では,20cm×20cm 50cm×50cmなどの小さな調査ワクをおいてそのワクの中の生物の数を数えることが良く行われています.しかし外来生物の分布拡大のモニタリング調査にはあまり向かない一面もあります.

1.分布拡大のフロント(先端)部でまれに分布している個体を検出できない.(小さな調査ワクでは漏れてしまう)

2.多様な生息地の生物をいちどに調べることが難しい.生物によって,泥底の緩やかな流れを好む種や,速い流れの礫底の種,コンクリート護岸上の付着生物,さらに境界的な場所を好む種もあり,小さなワクをつくって調べる方法には向かない(ワクを使う方法は,広くて均一な環境からの統計的なサンプリングをおこなうことを想定しています).

3.生息する生物の数は,ほんの数メートル横に行けば全然違ってしまうことも多いので,データの代表性が低い.ただし「その地点」での外来生物の影響の大きさを調べたり,20cm×20cmなどの空間スケールで微環境と生物の関係を調べるには良い方法である.

 外来種の分布拡大をモニタリングする調査では,全く調査の行われていない場所を網羅的に調べる事が多くなります.そのような場合,狭い範囲を高精度で調べる調査ワクを用いた調査は適切ではないことが多いと考えられます.

 

 

(3) 野外での調査方法

 今度は区画のなかを一定の方法と時間で調査を行い,データをとることになります.実際の調査方法は以下のようなものになります.

 

1.     地図を見て調査しようとする区間(場合によっては周辺の流入河川)を決める.

2.     川沿いに移動しながら,地図や目視で生息していそうなところを探す.ここでは対象の生物についての知識と経験が必要.(この知識とカンを養うために現地観察会を開いています

3.     区画毎にほぼ一定の回数・時間で調査を行う.例えば8kmの区画では45カ所程度川に降り,それぞれの場所で調査を行います.調査時間は種によって異なり,カワヒバリガイのようにコンクリート上に付着する種では1カ所10分以上,タイワンシジミのように特定の環境の砂底にいるものは1カ所30分以上探す(園原 私信).熟練した人が2人で手分けして探索するなら半分の時間でも良いかもしれません.

4.     最後に重要なのは,調査したひとが外来生物を持ち運ばないことです.大きさが1mmに満たない微細なコモチカワツボ幼貝などは靴や網に付着して分布を拡げてしまいます.ひとつの地点からあがったあとは,長靴や網等を点検して付着した外来生物を取り除き,オスバン液や食器用・洗濯用の液体せっけんなどを十分にスプレーして5 分以上放置します(浦部 私信).特に,すでに分布域になっているところでは消毒が必須です.川の流れに従って外来生物がいない上流から下流に向かって移動しながら調査するのも良いかもしれません.

 

 このような調査に移動時間が入るので,1日で最大3〜4区間くらい探すことができるかもしれません. 単純に計算すると,神奈川県周辺の川を8kmに区切った調査なら40日で調査でき,日本全国をひとりで調べると6年くらいかかることになりました(後述).今回の8kmの調査精度は神奈川県程度の広さの県や関東地方全体程度では適当ですが,調査者が少ない地域を含めた全国調査のためには,さらに精度が荒い計画を立て省力化するほうが現実的かもしれません.(1)調査区間を長くして16km区間で45カ所程探すとか,あるいは(2)生息環境をあらかじめ推定して探索すべき調査区間を絞り込む,(3)分布拡大予測モデルを使って次に分布拡大しそうな地域を推定して集中的に野外調査しそれ以外の地域の努力量を相対的に少なくする,などの方法も考えられます.

 

 

 

川から上がるときには,外来生物を持ち出さないように履物を消毒する.コモチカワツボの調査講習会にて.

 

 

 

 

 

◆具体例:神奈川県での調査地図

 神奈川県内をとおる水系を全て網羅するために「神奈川県の海岸から流出する水系」を考えて,8kmの区画で区切ってみました(図5).

 

 

5. 神奈川県の海岸から流出する水系と海岸線.塗りつぶしてあるのは湖やダムの止水域.河川や海岸の線上の小さな点は8kmごとの区分点.

 

 

この図の作り方は以下の通りです.区間長を決める試行錯誤も含めて,この図の作業にひとりで2日かかりました.日本全体ならひとりで約百日くらいかければできるかもしれません.

1.     5万分の一地形図の上で,モノサシを使って8km以上の長さの川や,8km以上の長さの支流を探す.

2.     感潮域や止水域(湖,ダム湖)など環境が大きく変わるところも確認する.あまりに環境が大きく異なるところは長さが短くても別の調査区間とする(表1).

3.     5万分の一地形図を背景にして,フリーの地理情報システムをつかって,上記の川を折線(ライン)として下流から入力する(「みんなでGIShttp://www13.ocn.ne.jp/~minnagis/).ダム湖など環境が大きく変わるところでは別のラインとしておく.

4.     8kmおきの調査区間の区分点を上記ソフトで計算して調査区間の区切りとする.

5.     結果として,8kmの区間と,切れ端としての短い区間もできるが,いずれも調査区間として使う.

6.     調査区間には,今のところ「本流名−支流名−そのまた支流名−支流最下から通し番号」という区間名をつけてある.海岸の小河川をまとめた調査区間は「海岸河川−県名−県内の通番」としてある.

 

1. 神奈川県の海岸から流出する水系の調査区間数.

水系

流水

止水

感潮域

海岸河川

合計

酒匂川水系

17

18

金目川水系

相模川水系

36

40

境川水系

鶴見川水系

その他の水系

10

13

  大水系合計

82

91

海岸河川

27

27

  全合計

82

27

118

 

 ひとつの調査区間は,「調査区間に流入する水系のうち,他の調査区間以外のもの」と考えます.海岸線も「海岸の小さな河川をまとめた調査区間」と考えて,8km未満の短い河川はこれに所属します.ただし大きな河川は「他の調査区間」として,この海岸線の調査区間からは除外されます.

 調査区間の途中に流入する8kmより短い支流や,最上流部の調査区間に流入する8kmより短い本流は,それぞれその調査区間に所属すると考えます.

 環境と生物の分布の関係を調べるときには合流する支流を所属させない方が良いのですが,外来生物の分布調査の場合は逆であり,警戒すべき水域を設定するには支流も含めて考えた方が良いだろうと思われます.

 

 

6.  ひとつの調査区間は「調査区間に流入する水系のうち,他の調査区間以外のもの」と考える. 山王川の最上流部(1)は「山王川−1」という調査区間に所属する.早川の支流(2)は「早川−1」に所属する.海に直接流れ出す小さな河川(3)は「海岸河川−神奈川−2」に所属する. 背景は国土地理院5万分の一地形図小田原.

 

 

 

 

セグメント調査地図と報告票のダウンロード

セグメント調査報告票

神奈川県の海岸から流出する水系のセグメント地図

利根川水系(茨城県・千葉県・栃木県)

 

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