2002年7月16日(結果報告追加2002年7月29日)
茨城産のバチ型のシジミ
スーパーマーケットで売られている茨城産のシジミの中に,ヤマトシジミとは別種と思われる三味線のバチのようなかたちのシジミが混在していました(図1).中国産として売られているものによく似ています.
輸入シジミはすでに西日本では定着してしまっているようですが,まんいちシジミ産地として有名な茨城県に野生化してしまっていた場合は,食味が悪いこともあり,深刻な経済的な被害が予想されます.
<特徴>
1. 三味線のバチのような,蝶番の近くがくびれた形をしている
2. 色が緑色がかっている
3. 殻の表面の年輪のような縞模様が粗い感じがする
4. 食べると身が柔らかで,汁が白濁するくらいシジミを入れてみそ汁を作ってもヤマトシジミ特有の強い張りのある旨味はなく,味の方向が違う.ヤマトシジミも身の薄いものは味がないが,こちらのシジミは身が厚くても強い旨味が出ない.(ヤマトシジミはみそ汁より薄い塩水に数時間つけると良い味が出る.新鮮なほど味が良く,ちなみに冷凍品やむき身は食べる価値がない.)
<考えられるケース>
仮説1: 表示を偽って外国産を茨城産として売っている
産地表示 → 違法
生態学的 → それほどは悪くない
仮説2: 外国産を茨城県の湖沼や河川に放流し,すぐに回収して「茨城産」として販売している
産地表示 → 合法
生態学的 → 非常に悪質.すぐにやめるべきだ
仮説3: 茨城県(涸沼,)にはすでに外国産のシジミが定着してしまっている産地表示 → 合法
生態学的 → 最悪の事態でとても残念.地域の経済にも打撃となる
図1.横須賀市内のスーパーマーケットで2002年6-7月に売られていた日本産のシジミ.茨城産のバチ型と非バチ型は1パックの中に混在していたもの.
<サンプリングと計測>
1. 横須賀市内のスーパーマーケットで2002年6月〜7月に「茨城産」,「青森産」,「宍道湖産」のパックをひとつずつ購入した.
2. みそ汁にして食べた後で,片方の殻の厚さと,幅,奥行きをノギスで計った(図2).ただし,残念ながらバチ型にくびれた形を表現できるような測定にはなっていない.
3. 殻の厚さ/幅と奥行/幅の2つの指標で見ると,茨城産のものは2つに分類できた(図3).茨城産の非バチ型は青森産の分布と重なった.ただし,青森産と宍道湖産は値のばらつきが大きく,とくに宍道湖産ではバチ型と非バチ型の中間に多くのサンプルが分布した.この指標は余りよい指標ではなく,レーザーなどで3次元的に計ったり,パソコンに画像を取り込んでから特徴を抽出するなどの手法が必要かもしれない.
4. 水産関係の研究者がアイソザイムやDNAを使って調べているはずで,きれいな結果が出ているのではないかと思われるが,少なくとも一般に向けた結果の公表はなされていない(水産試験場の研究者は,地域の経済に不利な研究結果は立場上公表できない.個人が無理に発表すると「内部告発」になってしまう点は民間の会社の研究者と同じ).
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図3.殻の計測.残念ながらバチ型にくびれた形を表現できるような測定にはなっていない. |
図4.計測結果
小池文人
横浜国立大学環境情報研究院
〒240-8501 横浜市保土ヶ谷区常盤台79-7
koikef@ynu.ac.jp http://vege1.kan.ynu.ac.jp
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(追加情報:2002年7月29日)
上記の件について,関口様(三重大学),矢野様(アサザ基金),竹下様,山室様(地質調査所)などから情報をいただきました.お礼申し上げます.結果として悲しい報告になってしまいました.
<利根川下流の外来シジミの分類と生態>
1.
利根川の下流域には4系統の外来シジミがいるらしい.
(淡水性で卵胎生なタイワンシジミ的なもの2タイプB・C,
淡水性で浮遊幼生をもつセタシジミ的なもの1タイプA,
汽水性で浮遊幼生をもつヤマトシジミ的なもの1タイプD).
2.
タイプA:
市販の中国産(太湖産,Corbicula largillierti)に類似したバチ型の外来シジミが淡水の北浦や外浪逆浦に野生化している.セタシジミや太湖産同様,2倍体で雌雄は別の体,体外受精する.セタシジミは浮遊期が短いが,このシジミは長い浮遊幼生期を持ち,ミトコンドリアDNAの系統樹からもC.
largilliertiと考えられる.(田中ほか2002;矢野 私信)
C. largilliertiは南米のアルゼンチンやパンタナル湿地帯にも侵入しているという(Darrigran & Pastorino 1995).
3.
タイプB,C:
霞ヶ浦周辺全体の水域に,タイワンシジミ類(Corbicula fluminea)で主に淡水に分布するが薄い汽水域にも進出している,外来の2系統が分布する.卵胎生で幼生は浮遊しないが,汽水域でもヤマトシジミと混じって漁獲される.
2倍体だが繁殖のしかたが変わっている.雌雄同体で,精子は減数分裂せず,受精後の卵内では精子由来の核がそのまま発生する(日本のマシジミも同じ発生様式).(古丸ほか 2002)
南北アメリカ大陸やヨーロッパにも侵入している.
4.
タイプD:
汽水域のみに分布し,殻の外観はヤマトシジミと違うがヤマトシジミと近縁な出所不明の外来種.
塩分耐性はヤマトシジミと同じ.発生も汽水域で行って,浮遊するプランクトンの幼生になる.利根川下流の汽水域でヤマトシジミと混じって漁獲される.
繁殖の仕方は雄と雌が別の体で,2倍体,普通に減数分裂してできた精子と卵が汽水中で受精して発生.(古丸ほか 2002)
5.
世界のシジミ属の分類は,分類学的にはタイワンシジミ類(雌雄同体で卵胎生,マシジミを含む)とヤマトシジミ類(雌雄異体で体外受精,セタシジミや中国太湖産をふくむ)の2種に分類されるという極端な説もある. しかし,これでは生活史や生態的特性,形態的特性,食味が違うものを含んでいるので,この分類体系は生態学者や漁業者,流通業者,消費者にとっては意味がないし,分類体系の混乱が最近の移入シジミの問題で初動が遅れた原因のひとつになっているかもしれない.
a.DNAを使って分子系統樹を作る
b.形態,生活史(浮遊幼生の期間),生態特性(淡水性・汽水性,一腹卵数など),食味,などが均一な系統樹上の枝を認識する
c.その枝(分類群)にわかりやすい名称を付ける
というような作業が必要かもしれない.
<漁業について>
1. 1998年以降,利根川下流では外来シジミがヤマトシジミに混じって漁獲されている.市場価値がないので漁師さんが選別してから出荷している.この選別作業はとても負担になっていて,経済的な被害と考えられる.(矢野 私信)
2. 混入率は1999-2000年の時点で 0.4-19%,平均5%程度.(根本ほか 2002)
3.
数年前には仲買業者が国産のヤマトシジミを中国産などの輸入シジミに混ぜて販売していたが、国産を2割以下にすると出汁が出なくなり不味のためクレームが来たとのこと.
外国産のものを増量に使っているのは問屋さんで,漁師さんや良心的な問屋さんはそんなことをしない.特に漁師さんは漁獲制限を守って資源保護に躍起になっている.漁師さんは外来シジミ野生化のニュースが伝わることによる風評被害にも怯えている.
輸入シジミの畜養・廃棄などから,外来シジミが野生化してしまったのかもしれない.(矢野 私信など)
利根川は河口堰により生産量が落ちているのに,かつてのシジミ産地としてのブランドイメージだけが残っていて,偽装の対象にされやすかったのかもしれない.宍道湖でもシジミの大量死による生産の減少の後には問屋が中国産を混合して販売し,問題になった.(中村1999)
4. ただし全国的に見れば,他産地のシジミの放流は漁業者らによっても日常的に行われてきたし,外国産のシジミを放流した例もある(中村編著 1999).これが多くの産地で偽装に鈍感な理由のひとつかもしれない.
5.
外来シジミによる経済的な被害(選別作業など)は,移入シジミの根絶が困難であることを考えると,半永久的に続くと考えられ,未来にわたるコストの総計はかなり大きなものになると思われる. 本当はシジミ輸入業者(と消費者)がこのコストを負担すべきなのかもしれない.
社会全体としてみれば,利用した後になって超長期のコストが発生してくる点は,原子力発電所のライフタイムアセスメントのイメージにも似ている.
<はじめに私が買った茨城産のシジミについて>
1. バチ型の混入率がほぼ50%であること,バチ型は淡水域にほぼ限定されることなどから,少なくとも利根川産ではなく,輸入物の混入による産地偽装であった可能性が高いと思われる.また,いっしょに入っていた非バチ型の黒いシジミも2タイプあるように感じた.これ自体も輸入物であった可能性もある(畜養も含む)
2.
私が住む地域のスーパーの店先では,ほんの少し前まで多かった中国(太湖)産のシジミは一掃され,一旦は国産のシジミがほとんどになったが,最近は色や形がヤマトシジミとよく似た韓国産のものが並んでいる.輸入統計では韓国産と比べて北朝鮮・ロシア産も同じくらい多いのにもかかわらず店頭で表示を見かける機会が少ない理由としては,国産ヤマトシジミの増量に使われていた(る?)可能性がある.輸入シジミは旨味成分の分析でも国産とは顕著な違いがある(中村 1999).
なお,韓国でも洛東江河口堰で最大産地が消滅してからは外国からのシジミの輸入が増えているという.また茨城産として販売されているシジミの中に,バチ型の中国(太湖)産ではない殻の黒いシジミで,ヤマトシジミにはあり得ないほど殻の内側の紫色が濃く(マシジミのような色),殻の光沢が少なく殻の筋がきつく,硫化物臭が強く不味なものが混在していることもある.(山室 私信)
<野生のシジミの観察など,これからできること>
1.
水位が低いときなら膝下くらいの水深でも観察できる.水の流れは良いが(湖なら岬のあたりなど)流れが安定していて,水底の砂利や砂が動かずに安定した(小石と砂が混じったところの砂の部分など),落ち葉や藻類の堆積していないところに多いように思う.ヨシ帯と砂地の境に多いとも言われる.
ヤマトシジミは幼生がプランクトン生活するため,感潮域の長さが数キロ〜10km以上の大きな河川にいる.(原田ほか 1997)
ただし基本的に漁業権があるので,持ち帰って食べることはできない.(水域によっては,市民にシジミに親しんでもらうため,個人での道具を使わない少量の採取は認めているところもある)
2.
在来のシジミや輸入シジミについて,早急にDNAなど(タイワンシジミは核とミトコンドリアの両方?)で遺伝的な特徴を捉えておくことはとても大切かもしれない.(すでに研究が始まっていると思うが)
さもなければ,産地偽装や,移入シジミの野生化,分類的に同種であっても生態的特性に違いのある外来シジミの系統による在来系統の置き換え,雑種化,在来系統の絶滅,などが起きても,現象を知ることすら難しくなる.(殻の外部形態だけでは証拠として弱い)
ただし,他産地や外国産のシジミの放流は昔から行われてきており,その水域に本来分布していたシジミの遺伝的特性がどのようなものであったのかは,今となっては復元が困難な場合があるかもしれない.
3.
一方で,消費者がすぐに見分けられるような殻の特徴についての研究と結果の普及活動も有意義かもしれない.
また,消費地に住むボランティアや子弟が怪しいシジミをパックごとクール宅急便で産地の水産試験場などに送って鑑定してもらい,ブランド偽装や品質管理の監視をすることもできるかもしれない.
<参考文献>
根本隆夫・古丸明 2002 利根川下流における外来シジミに関する研究−I 分布の現状について. 日本水産学会大会講演要旨集
古丸明・加藤武・熊本敦子・田中義之・石橋亮・根本隆夫・河村功一・西田睦 2002 利根川下流における外来シジミに関する研究−II 繁殖法と遺伝的特性調査. 日本水産学会大会講演要旨集
田中義之・古丸明・河村 功一・根本 隆夫・西森 克浩 2002 茨城県北浦における外来性シジミの定着の可能性.日本貝類学会講演要旨集
http://wwwsoc.nii.ac.jp/msj5/annual_meeting/2002resume/2002-P-15.htm
中村幹雄編著 1999 日本のシジミ漁業--その現状と問題点--.たたら書房
原田茂樹・国井秀伸・小池文人 1997 汽水性ベントスの生息に必要な汽水域の空間スケール. 日本生態学会大会講演要旨集
Darrigran, G. & Pastorino, G. 1995. The recent introduction of a freshwater asiatic bivalve, Limnoperna fortunei (Mytilidae) into South America. THE VELIGER, 38(2):171-175.