第1回 ‘中海−本庄工区干拓事業’問題に関する勉強会

中海・宍道湖干拓事業のこれまでの経緯・論点等について


鹿取悦子(生物資源科学部 助手)

日時:6月19日
場所:生物資源科学部 533室




   この勉強会を通して、中海干拓事業問題の論点、あるいは論点にすべき点を明らかにするために、まず文献等により過去に問題とされていた点を整理し、今回の本庄工区干拓事業に照らして考えてみる機会を持つことにした。




1.中海・宍道湖干拓事業の経緯

  宍道湖はかつては淡水湖であったが、治水事業の進展の過程で汽水湖に変貌していった経緯がある。江戸時代より、能義平野や斐伊川沿岸では洪水が多発していた為、松江藩により治水事業が進められていた。その後、大正になって斐伊川改良工事が進められ、大橋川の浚渫工事の着手、さらには境港港外の防波堤設置された。このことによって宍道湖・中海の水位が低下し、海水が逆流するようになったのである。
  海水が混入するようになると、今度は塩害が発生する。そして昭和10年に塩害対策調査委員会が設置される頃、「宍道湖淡水化論」が台頭するようになった。戦後になって、昭和29年に島根県の計画による「斐伊川・宍道湖・中海総合開発計画」が出され、中海・宍道湖干拓事業計画の発端となる。その後、昭和38年に農水省管轄の国営事業となり計画が進展していく。
  昭和45年になると減反政策・開田抑制策により干拓地利用計画が変更される。こうした減反政策や低成長経済への移行、養蚕業不振、牛乳の生産調整の中にあることや、日本工業センターが「淡水化しても工業用水に使えない」と発表したことによって「干拓無用論」も言われていた。しかし、「農林業が島根の土台 百年の大計で土地造り」「無から有をつくる」「近代的な農業地帯が形成される」と事業の必要性を行政側が唱え、事業に着手していく。




2.中海・宍道湖干拓事業の論点

1)農業用水・水資源開発としての干拓事業
  国営中海干拓事業は、(a)農業用水計画 (b)水資源開発計画 (c)農地造成計画 で構成されている。永田恵十郎氏は特に(a)、(b)について、当時計画中、実施中の県営・国営の土地改良事業に問題があると指摘している。つまり、農業用水の受益地における、水質対策事業や用水の高度反復利用体系への展開、近代的な畑かん事業、水利施設の整備、暗渠排水事業の展開が必要とされているのであり、「土地改良事業として取り組むべき重要な議題があるにもかかわらず、干拓・淡水湖化を優先するがゆえに展開が規制された」と述べている。

2)漁業資源の喪失
  漁業資源については、中海と宍道湖に分けられる。中海については、渡部晴基氏、伊藤康宏氏によると、主要な漁業資源であったオゴノリ、アカガイが不漁になり、1960年頃から漁家が顕著に減少し、さらに中海干拓事業の進展に伴い漁業権が放棄されてしまった、とされている。一方、宍道湖については永田氏が、宍道湖に塩水が流入し、シジミ漁が行われるようになったことが周辺の漁業・農業に重要な意義を果たして来たとしている。宍道湖のシジミ漁家は、一方で全国湖沼漁一の生産量を維持し、他方で農業生産の上層を保っており、地域の農業・漁業の担い手として重要な役割を果たしている点でも、また若い後継者もいることから地域社会でのアクティビティが高い点でも評価できる。そして淡水化されると、こうした役割が失われるのではないか、とも警告している。

3)水質への影響
  他にも掲載されているので割愛する。但し、水質悪化からもたらされる影響として、釣りなどのレクリエーション機能の喪失、周辺住民の生活環境の低下、観光産業への悪影響などが論じられていたのは特筆しておく。

4)中海干拓財政
  他にも掲載されているので割愛する。

5)景観保全
  淡水化によって水質が汚濁して、アオコ等の淡水藻類や植物あるいは悪臭が発生し、さらに水郷・水都としての景観そのものを改変してしまうことを危惧し、「母なる湖」である中海・宍道湖の水面、水辺、水質ならびに景観を、住民と行政が協力して保全し、地域づくりをするために、「中海・宍道湖の淡水化に反対する住民団体連絡会(25団体)」が「宍道湖・中海景観保全条例」を島根県知事に提起した(1987)。この中では、特に当地域における住民の景観を享受する権利を明記し、これを保障する「親水権」や「景観形成」における参画権を宣言している。




  このように宍道湖・中海淡水化が計画の一部であった頃の、中海干拓事業に関する論点は多岐にわたっている。これは淡水化そのものが、地域に多大な影響を与えることを端的に物語っているとも言える。つまり国営中海干拓事業が、全面淡水化という水資源開発の方向(1)と、地域農業・漁業の問題(2)・地域社会問題(3〜5)とが互いに衝突する状況をつくり出すものであったために、様々な論議を呼び、多数の反対派の勢力、あるいは住民運動を生み出したのである。
  今回の本庄工区干拓事業を以上のような論点より照らしてみると、1)については水資源確保が不十分な農地造成であること、いまだに未解決の2)〜5)についての問題点などが自ずと指摘されよう。さらに、逼迫した状況にある農業の担い手をどう確保するか、という問題も加味されるべきであると考える。