第5回 中海・本庄工区月例勉強会

遺跡からみた中海・宍道湖


竹広文明 (島根大学汽水域研究センター助手)

日時: 10月18日(金)
場所: 島根大学総合理工学部(理学部)1号館11講義室






 中海・宍道湖は、後氷期の環境変化のなかで形成されてきた。約6,000年前の縄文海進の前後から、海面はほぼ現在の状態に近づいてきたが、この時期から中海・宍道湖の沿岸において人々の活動が活発になったのか、多くの遺跡が残されている。考古学的には、この時期は、縄文時代前期にあたるが、縄文文化が一応の到達点に達し、定住的なある程度安定した社会が形成された頃でもある。縄文時代前期以降、中海・宍道湖周辺地域は、遺跡の集中地域となっており、この地域が、当地方において拠点の一つとなっていくことを示しているようである。






第1図 縄文時代早,前期における中海・宍道湖周辺の漁労
1島根県大社町菱根遺跡  2島根県鹿島町佐太講武貝塚  3松江市西川津遺跡  4松江市島根大学構内遺跡橋縄手地区  5米子市目久美遺跡  6米子市陰田遺跡第9地点
a−dヤス    e 丸木舟
(出典: a,b赤澤・竹広編1994; c,d内田編1987; e島根大学埋蔵文化財調査研究センター編1995)





第2図 縄文時代後,晩期における中海・宍道湖周辺の漁労
3松江市西川津遺跡  7島根県美保関町崎ヶ鼻洞窟遺跡  8島根県美保関町権現山洞窟遺跡  9島根県美保関町権現山洞窟遺跡  10米子市長砂第1遺跡  11出雲市矢野遺跡  12出雲市多聞院遺跡
g−i,k,r釣針  j,p,qヤス  fアワビオコシ  l,m魚網錘  oタモ枠  n碇石
(出典: f−j,l−n内田編1989; k,o内田編1988; p,q佐々木・小林1937; r山本1967)







 では、中海・宍道湖沿岸に生活したわれわれの祖先は、中海・宍道湖をどう活用したのであろうか。中海・宍道湖は、縄文海進により形成された古中海湾・古宍道湾が変遷してできたものと考えられているが、当地域の遺跡に残された情報から、私は次の点を指摘できると考える。

1. 中海・宍道湖の漁場としての利用
2. 中海・宍道湖の漁労基地(漁港)としての利用

 「中海・宍道湖の漁場としての利用」は、縄文時代前期の松江市西川津遺跡、縄文時代後期の美保関町崎ヶ鼻洞窟遺跡などに残された漁労具、食べ捨てられた魚骨が物 語ってくれる。当地域では、縄文時代の日常的な漁労具は、内湾で使う、ヤスや網であり、遺跡からは、ヤスの先端につけた骨角製の刺突具や網につけた石製の錘が出土 する。また、捕獲された魚は、中海・宍道湖に流れこむ河川の魚のほか、スズキ、クロダイなど海水魚でも中海、宍道湖にまで入り込んでくる魚類に中心がある。なお、 ヤマトシジミの集中的な採取は、鹿島町佐太講武貝塚が示すように、縄文時代前期には行われている。中海・宍道湖での漁労は、縄文時代のこの地域での漁労の中心を占 めていると考えられる。これは、中海・宍道湖には、多様な魚種が生息しており、豊富な水産資源に恵まれていたことが背景となっているのであろう。

 「中海・宍道湖の魚労基地としての利用」は、そこを漁場としている以上、当然のことではあるが、こうした内湾あるいは潟湖での漁労のほかに、当地域でも、外洋の 大型魚の漁労へも進出していく方向性が、縄文時代のなかで窺える。縄文時代後期の美保関町小浜洞窟遺跡からは、全長5.7cmばかりの鹿角製の大型釣針が出土している 。捕獲の対象となった魚種は、まだ十分に確かめられていないが、マグロの出土例もある。こうした方向性は弥生時代で明確になり、松江市西川津遺跡では、縄文時代以 降、朝鮮海峡地域で外洋魚の捕獲に使われていた大型の釣針を採用しており、また、その未成品も出土しており、西川津で実際に製作していることも分かる。中海・宍道 湖での漁労に中心をおきながら、そこを港とし、外洋魚の捕獲もおこないはじめたことが窺える。

 縄文時代を中心に、その後の農耕社会である弥生時代まで射程にいれ、中海・宍道湖の活用の歴史的経過をみると、以上のように、漁場としての利用と漁労基地として の利用の多面的な活用がおこなわれていることを示している。こうした伝統が今日の当地域における漁業の背景の一つになっているのは確かであろう。問題を漁労の点だ けに絞ったが、縄文時代前期以降、この地域の石器の材料に隠岐島産の黒曜石が多用されることからすると、水運の問題にも視点を広げることもできる。いずれにせよ、 縄文時代以降、中海・宍道湖を舞台とし、地の利を生かした多面的な利用方法が開拓されてきたことを遺跡は物語っているようである。






第3図 松江市西川津遺跡でみた縄文時代,弥生時代における漁労具の変遷(930KB)
縄文時代(前期)
  河川内湾漁労: ヤス,魚網錘
弥生時代
  河川内湾漁労: ヤス,魚網錘,タモ枠,釣針
  外洋漁労:   結合式釣針,アワビオコシ
(漁労具写真は内田編1989,内田編1988による)







(本文、図面を引用の際は、竹広にご連絡下さい。内線2834)