第4回 中海・本庄工区月例勉強会
地域づくりからみた中海干拓問題
富野 暉一郎 (島根大学法文学部教授)
日時: 9月20日(金)
場所: 島根大学総合理工学部(理学部)1号館11講義室
1. 島根県の現状
島根県はある意味では豊かだが,雇用の機会も必要である(賃金のレベルは子どもを大学にやれるくらい).
現在は公共事業の土木工事で地元に落ちるお金に依存している人も多い.しかし国の財政もひっぱくしてきており,将来的には公共事業は先細りになると思われる.
成熟社会での,地方のいきかた(産業構造)は未だ確立されておらず,新しい発想が必要である.島根県はこれについての政策先進県を目指すことができると思うので,ひとつの行き方を提案してみたい.
2. 世界の状況
国際的な経済の自由化により,国内から海外への企業の流出(中小企業も)がおきている.私も製造業をやっていたことがあるが,企業の側から見ると東京から島根県に進出するよりも,むしろアジアに進出するだろう.
朝鮮半島から中国,ロシア極東地域までの日本海を囲むアジアはさらなる経済発展の可能性を持っており,環日本海地域の重要性が増している.そのため,日本海側を通る環日本海の高速道路の建設が必要である.また,国を介さない地域同士の国際的な連携も可能であろう.
3. これからの島根県を考える
3.1 公共事業について
日本海側の地域間の役割分担を行なうにも,日本海側を通る高速道路の建設が必要である.また,地域の人口移動をおさえるために,中山間地に住んでいても,そこから企業に1時間以内で通勤できるような道路が現在以上に必要である.本庄工区の干拓事業にかけるお金を,むしろ道路建設にまわすべきだ.
また,公共住宅も都市ではなくて通勤1時間圏内の山村などに作ると良いかもしれない.
3.2 「地域づくり」の観点からみたこれからの産業の条件
「地域づくり」の観点からみたこれからの産業が備えるべき条件は,
(1)高度な技術をもたない普通の人ができる仕事でなければならない.
(2)企業の新陳代謝が速すぎる分野も雇用が安定しないため,地域作りにはあまり貢献しない(ソフトウェア産業など).
(3)臨海部などに向かった人口移動をもたらす産業は,地域づくりの観点から望ましくない.20〜300人程度の小規模な企業が中山間地を含めた地域内に分散した状態が望ましい.
(4)先端的な産業では世界的な開発状況についての情報が非常に重要であるが,インターネットがあっても,やはり島根県では不利である.先端の情報がそれほど必要ないものが望ましい.
などである.地域の中での,ほどほどの賃金(子どもを大学にやれる程度)での安定した雇用が重要であり,先端産業に頼ることはできない.
3.3 起業家的な人材の確保方法の提案(ベンチャー以前)
大企業の中には非常に優秀な人材が能力を発揮できないままになっているが,これらの人たちがいきなりベンチャー企業として出発するのは無理である.3年間の生活資金と研究・開発資金を与えて製品の開発を行なった後,市町村に配分してそれぞれの地域で企業として独立させることを提案する.ベンチャー企業の育成事業に渡すのはこの後である.資金を与えるための審査は大学教授などではなくて,自分自身も本当にアクティブな人が行なう.
また,企業間のネットワークは非常に重要であるが,島根県では砂漠の中のシャボテンのように企業が孤立している.インターネットだけでなく,実際に顔をあわせて話をする機会も大切である.毎月1回くらい集合して話をする機会を設けると効果的かもしれない.
3.4 Quality of Life (QOL) 産業の可能性
日本は自動車や電化製品がどんどん家庭に入り込む高度経済成長期の状態から,それらが行き渡ってしまって人口構成も高齢化した成熟社会に入っている.そのような成熟した社会には高度成長期と違った特有の需要が存在する.そのような需要の一つがインテリアや健康・介護機器,環境関係のことなどを扱うQuality of Life (QOL)産業である.
このような産業は,日本やアジア地域ではまだ十分発達していない.東アジアや東南アジアには高度成長期の国があり,将来は成熟社会に移行すると期待される.現在の日本とあわせると,将来にわたって安定的な需要が期待される.
実際に,農業国から小規模企業でのQOL産業を発展させることに成功した例は北欧諸国にみられる.現在の島根県にもいくつか優秀な企業があるので,地域の中にこのような企業が散在した状態を作れば,人口の移動を起こすことなしに安定した雇用が確保できるのではないか.
4 本庄工区と島根県の将来
本庄工区の干拓を推進する人たちも,島根県の将来に対する危機感を持っている.しかし,干拓を行なったり,公共事業に依存しているだけでは問題の解決にならない.将来の島根についての県民のコンセンサスが必要である.
日本でいちばん広大な汽水域はこの地域の特徴であり,本庄工区は汽水域としていかしてゆくべきである.
代記: 小池
(詳しい内容は「山陰の経済」11月号に掲載されます.出版社の許可が得られれば,リンクして全文が読めるようにしようとおもいます.)