第3回中海・本庄工区月例勉強会

大根島・弓ヶ浜の地下水問題


徳岡隆夫 (島根大学総合理工学部教授)

日時:1996年7月12日金曜日
場所:島根大学総合理工学部




淡水レンズとは:


 透明なビニール袋に淡水をつめて海に入れると,淡水は海水に比べてほんの少し比重が小さいために水面に浮かぶ.島の地下では水の拡散速度が遅いので,ビニール袋がなくても交じり合わずに,淡水が海水に浮いたかたちで安定する.周囲を海で囲まれた島では淡水の部分が凸レンズのような形になるので「淡水レンズ」と呼ばれる.なお,この淡水は島に降った雨がもとになっている.水を使いすぎたり干ばつのときには風船がしぼむように薄くなる.また,いったん淡水レンズが壊れると地下で再たび形成されるまでには長い時間がかかると考えられている.この淡水レンズの大きさや形を数式モデルであらわしたものをガイベン・ヘルツベルグの法則と呼び,海では海面から水頭(淡水の地下水の盛り上がった表面)までの高さの40倍の深さのところに淡水と海水の境界があるとされている.
 大根島の地下の淡水レンズの模式図が図1である.これまでの報告によると,いちばん深いところでは中海の水面下の20mまで淡水が分布しているようである.中海の塩水に淡水が浮いている構造になっているため,島の周辺の水田が分布する地域での淡水の地下水位は雨の多少に関わらず,淡水の浮力によって中海の水面よりわずかに高い位置で安定していると考えられる(淡水レンズの厚さは変わるが).実際に「非常に強い干ばつの年にも島の周囲では湧水が得られた」との地元の方の話があった.


図1.大根島の淡水レンズの模式図





干拓と淡水レンズ:


 本庄工区が干拓されると,大根島の地下水には,水面の高い中海から水面下5〜6mとなる本庄工区に向かって流れる方向の水圧がかかる.地下水が本庄工区に流れ出すことによる地下水位の低下とともに,水圧によって地下水が本庄工区側に移動するため,大根島の地下にあった淡水が塩水に置き換えられることが危惧されている.





大根島の地下の構造:


 大根島は約25万年前の氷河期に陸上に噴出した成層火山で,最後の氷河時代が終わった約1万年前に始まる地球の温暖化による海水面の上昇によって水没し,現在は頂上だけが水面に出ているものである(図1).溶岩は粘り気が小さな玄武岩質のものであったため山の傾斜は緩やかで(約1度程度),中海の水中にはこの火山の裾野が広く拡がっている.基盤となる新第三紀の泥岩までは水面から60mある.水面下ではこの火山体は沖積泥層に覆われている.
 このような比較的新しい火山であるため,大根島の地下には非常に水を通しやすい溶岩の層が存在するであろうことが予測された.これが現実に分布していることがボーリング調査でもわかっている(図2).地下水の通しやすさはゆるい砂礫層なみである.
 なお,大根島には溶岩洞窟が見られるが,日本では富士山に次いで2番目に大きなものである.





なぜ設計時に問題にならなかったのか:


 大根島が第四紀の火山で水を通しやすい溶岩でできていることは,島根大学理学部地質学教室のメンバーを中心にした研究により,昭和50年に明らかにされた.島根半島部に分布する新第三紀松江層の玄武岩と同じ時代のものとみなされていた.従って,干拓工事の設計の当時には,水を通しにくい岩石と考えられて堤防として使用する案が採用された可能性がある.





淡水レンズの保全方法:


 大根島の地下の淡水レンズを確保するには,島の本庄工区側の地下にダムの堰堤のようなものを作り,地下水が本庄工区側に流れ出ないようにする必要がある.このような地下ダムの技術はすでに実用化されており,具体的には約1.5mおきに列状にボーリングを行い,セメントや凝固物質などを流し込んで固める.このような列を3列程度つくって本庄工区側を取り囲み,地下水の流れを遮断する.この経費を見積もると120億円程度となり,セメントの注入作業だけをとっても昼夜兼行で少なくとも2年はかかる.ただし,将来水漏れが起きる可能性があり,また凝固物質を使った場合には地下水汚染の可能性がある.





弓浜半島の地下水:


 弓浜半島は,昭和の始めころに日本で始めて淡水レンズの存在が確認された場所として有名である.本庄工区は,洪水のときには周囲の中海といっしょに水面が上昇し,中海の水位上昇を押さえる役割をしているが,干陸後はこの分量の水が中海の他の部分に集中するため,洪水のときの中海の水位が現在よりも上昇すると予測される.もともと砂州である弓浜半島は米川の導水により,地下水位を高く保つことによって畑作を可能にしている.中海よりの江戸時代以降にできた耕作地は1メートル以下の高さにあり,地下水位も数十センチのところにあるため,わずかな中海の水位の上昇が耕作地の地下水位の上昇をもたらし,排水不良によって作物に障害が起きるであろうことが懸念されている.




図2.大根島周辺の3個所(BP1,BP2,BP3)でのボーリング結果.地下水が通りやすい層を矢印で示す.





(代記:小池)