第13回 中海・本庄工区月例勉強会
相崎守弘(島根大学生物資源科学部)
日時:1997年7月11日金曜日 午後6時より
場所:島根大学総合理工学部11教室
島根県のデータによれば、中海・宍道湖の水質は横這いから少し悪化しているように判断される。一方、中海・宍道湖への流入負荷量は明らかに減少している。
すなわち、流入負荷量と湖の水質は1:1の関係では対応していない。このような現象は、中海・宍道湖に限らず霞ヶ浦や他の湖沼でも見られる。
霞ヶ浦では、湖内の生態系の変化が湖の水質に大きな影響を与えている事が明らかになっている。
宍道湖での生態系の主役はヤマトシジミ
宍道湖湖岸域には多量のヤマトシジミが生息している。夏期におけるヤマトシジミの現存量は329億個、約3万トンと推測されている(Nakamura et.al,1988)。また漁獲量は約9,000トンあり、宍道湖の全漁獲の94%を占めている。宍道湖のシジミの売上高は約30億円と推計されており、最も重要な水産資源の1つとなっている。
ヤマトシジミは、ろ過摂食により植物プランクトンを湖水から直接餌として取り込んでいる。したがって、植物プランクトン等の懸濁物を系外に取り除く重要な作用を担っている。宍道湖の湖水容量は約3.4x10^8 m^3であり、夏期のシジミのろ過速度を1個体当たり毎時0.2リットルとすると、約2日間で宍道湖の湖水はシジミを通過していることになる。実際には分布が偏っていることから2日間で全量をろ過しているとは考えられないが、その影響力の大きさは容易に想像される。
水質浄化手法としてのヤマトシジミの利用
松江城のお堀である堀川は1996年から、水質浄化のため宍道湖の水を導水し、汽水環境になっている。そのため、アオコのような淡水性の植物プランクトンの発生による水質悪化は見られなくなったが、流れの弱いところでは汽水性の植物プランクトンの多量発生が見られる。また宍道湖からの導水は汚水を押し流しているだけで、水質浄化にはつながらず、堀川への負荷を大橋川に移動させているにすぎない。
私たちは、堀川の浄化にヤマトシジミの浄化能力を活用する事を目的に実験を行った。その結果、ヤマトシジミは本来の生息環境である砂がある場合とない場合で挙動が大きく異なることがわかった。砂がある場合は10℃〜20℃の間では活性の変化は少なく、ろ過速度として1個体、1時間当たり、0.2リットルという値が得られた。5℃ではほとんど活性が見られなくなり、25℃では20℃の約2倍のろ過速度は測定された。砂がない条件では20℃以上では砂がある場合とあまり活性に変化が見られなかったが、15℃以下では活性が著しく低下した。
夏の期間だけシジミを使って浄化する目的であれば、シジミをかごに入れて堀川に入れておくだけで、堀川の水を浄化できる可能性が示された。また、シジミを漁獲しながら湖水も浄化するためには、休耕田等を利用した浄化施設を作ることが現実的である事もわかった。
堀川の水、もしくは大橋川の水を汲み上げて、ヤマトシジミによる水質浄化を行い、またそのスペースを市民に開放し、宍道湖のシンボルであるシジミの価値をアッピールするとともに、環境教育や市民の憩いの場所となるようなシジミ公園の建設を提案したい。
Chl-a: 葉緑素の一種でこれが多いと植物プランクトンも多い. μg/l: 1リットルの水に含まれる量を百万分の1グラム単位であらわす. Time(min.): 時間の経過を分単位であらわしている. コントロール: シジミも砂も入っていない水だけのもの.
流れが2枚貝の増殖には必要
シジミやアサリ、赤貝などの2枚貝は植物プランクトンを直接餌とする1次消費者である。湖での1次消費者の代表は動物プランクトンが知られている。動物プランクトンは浮遊しながら生産者である植物プランクトンのすぐ側で生活しているところから、動かずに餌がくるのを待っている2枚貝より有利である。しかし、流れがある状況では餌の方が移動してきてくれることから2枚貝の方が有利となる。すなわち、2枚貝の増殖にとっては流れが重要である。
本庄工区の漁業振興のための調査
本庄工区の北部承水路の一部を開削してパイプ方式によって潮通しをつくり、漁業振興の可能性を探る調査が農林水産省によって計画されている。潮通しの建設費用は5,000万円ということなので、その大きさは狭いものにならざるを得ない。このような条件で潮通しを作った場合に予想される流れはどのようになるであろうか?
現状の本庄工区では、西部承水路を通して中海の上層水が干満に応じて交換しており、調査の折りなどに体験できるその流れはかなり強い。現在、西部承水路ではアサリがかなり繁殖しており、アサリ取りの船をよく見かける。しかしながら漁獲量に関しては不明である。
北部承水路に潮通しを作った後でも、その面積が限られているところから本庄工区全域で見た場合には流況に大きな変化が生じるとは考えられない。日本海の海水は密度流となって中浦水門を通って中海底層に進入している。したがって、上げ潮時には潮通しを通過して本庄工区へ流入する水量は限られたものになると予測される。下げ潮時には中海や本庄工区の上層水が境水道の方へ流出するところから、潮通しを通過する流量も多くなるものと予想される。しかし、その面積が狭いところから本庄工区全体に及ぼす影響は少ないものと考えられる。
このような状況で、漁業振興の調査を行う場合、もしその調査結果が本庄工区全域で評価されるとしたら、恐らくほとんど影響が見られなくなってしまう可能性が強い。
流れの影響を調べるという意味での潮通しの建設であるのだから、調査は干満による流れが生じる範囲を特定して、その範囲内で精密な調査を行い、今後さらに流況を変化させる事による漁業振興に対しての基礎的な知見を得ることを目的とすべきである。
中海及び本庄工区での2枚貝を活用した水質浄化
中海では多くの入り江が干拓され、2枚貝の生息に適した湖岸域が非常に少なくなっている。また、底層には比重の重い海水が停滞するため、酸素が供給されずに貧酸素水塊となっており、生物が生存できない。本庄工区でも、大根島周辺を除き、2枚貝の生息に適した湖岸域は少ない。このような水域で、2枚貝を活用して水質浄化と水産増殖を図る方法としては、筏方式による養殖が考えられる。筏方式の場合でも流れの存在が重要である。干満による流れを期待できないところでは、人工湧昇流システムを設置し、人工的に垂直混合流を引き起こすことによって、水質浄化と水産増殖が可能となる。人工湧昇流システムでは底層の貧酸素水を制御しながら表面に供給できるため、底にたまった栄養塩の有効利用が可能になるほか、強風時に底層水が多量に湧昇する事によって引き起こされる青潮の被害の防止や、赤潮の発生防止が期待できる。
O2: 酸素(植物プランクトンが光合成をすると発生し,死んで水底に沈んで分解するときには消費される). N: チッソ(植物プランクトンの栄養になる). P: リン(植物プランクトンの栄養になる). WL: 水面.