2011年7月23日 公開 福島第一原子力発電所事故に由来する 空間放射線量率の将来予測と野生生物への影響予測 斎藤昌幸(横浜国立大学大学院環境情報研究院、saito.ume@gmail.com) 土光智子(横浜国立大学大学院環境情報研究院・日本学術振興会、dokochan@ynu.ac.jp) 小池文人(横浜国立大学大学院環境情報研究院、koikef@ynu.ac.jp) ※@を2バイト文字にしています <はじめに> 福島第一原発事故によって大気中に放出された放射性物質は、野生生物に対して影響を与えている可能性が考えられます。そこで、大気中の放射線量率の将来予測と、それを用いた野生脊椎動物への放射線影響予測を試み、以下の3点を明らかにしようとしました。 @ 今回の事故による放射線は、野生脊椎動物に影響を与えるのか? もし影響があるとしたら、 A その影響が及ぶ範囲はどこか? B その影響はいつまで続くのか? <放射線による影響の種類> 放射線による影響の種類には、急性と慢性、発がん性がありますが、ここでは野生の脊椎動物が世代を超えて長いあいだ被曝したときの慢性影響の予測をおこなっています。急性影響が生ずる可能性のある場所は事故現場周辺に限られており、また人間では個人の幸福のために重要な発がん性は、個体群のレベルで考える野生生物には重要度が低いと考えて、いずれも考慮しませんでした。影響が出る限界の線量(TDR5)は、チェルノブイリ事故などの調査結果を取りまとめたSazykina
et al. (2009)の結果のなかでも厳しめに影響を見積もるものを利用しています。 <情報不足のときのリスクへの対応の仕方> 情報が不足しているときには,まず単純な仮定の下で予測を行い、将来くわしい情報が得られるのに従って改良して行くことが必要です。なぜなら詳細なデータを調べるのには時間がかかり、実際の問題への対応に間に合わないことが多いからです。ただし、どのような仮定をおいているのか理解しておく必要があります。 ここでは以下のような仮定をおいています。 ・
現在は生物の種類や部位ごとなどの放射性物質量や生態系の詳細な情報が得られていないので、土壌や生物体などを含めてすべてが同じ線量率の空間内にあると仮定して、空間線量率を野生生物の被ばく量と仮定しています。 ・
重要な放射線源となっているセシウム(Cs)は、肥料のカリウムと似た化学的性質を持っています。プラスのセシウムイオンはマイナスに帯電した土壌の粘土粒子に強く結合し水による溶出は少ないため、大きな空間スケールでの二次的な移動はおきないと仮定して将来予測を行っています。実際にチェルノブイリでの研究でも移動は少なかったとのことでした。 <結果と解説> ■
空間線量率の将来予測 ・
2011年4月1日の線量率マップは、文部科学省や福島大学が公開しているマップとおおむね同様の傾向を示しました ・
原発周辺から北西方面(浪江町や飯舘村の方面)では30年後でも1µSv/h以上の放射線量が残る可能性があります 空間線量率予測マップのダウンロード ■
野生脊椎動物への影響予測|罹病について ・
原発周辺や浪江町・飯舘村付近のホットスポットを中心に、野生脊椎動物が罹病しやすくなっている可能性があります ・
罹病しやすさに影響を及ぼす範囲は徐々に減少していきますが、30年後(2041年)においても原発周辺や浪江町・飯舘村付近のホットスポットの中心部では影響が残る可能性があります 罹病に関する影響予測マップのダウンロード 2011年3月15日から2041年4月1日まで(市町村界入り)[PDF] ■
野生脊椎動物への影響予測|生殖について ・
原発周辺や浪江町・飯舘村周辺のホットスポット周辺では、野生脊椎動物の有性生殖に影響する可能性があります ・
原発周辺では30年後(2041年)でも影響が残る可能性があります ・
浪江町・飯舘村付近のホットスポットの中心部では、10年後(2020年代)まで影響が残る可能性があります 生殖に関する影響予測マップのダウンロード 2011年3月15日から2041年4月1日まで(市町村界入り)[PDF] ■
野生脊椎動物への影響予測|寿命について ・
原発事故発生直後の20日間で考えると、原発周辺や浪江町・飯舘村付近のホットスポット周辺では、野生脊椎動物の寿命が低下した可能性があります ・
2011年4月11日以降は、原発周辺で寿命の低下が生じる可能性があります ・
その後影響は徐々に減少していきますが、原発付近では30年後(2041年)においても寿命が低下する可能性を否定できません 寿命に関する影響予測マップのダウンロード 2011年3月15日から2041年4月1日まで(市町村界入り)[PDF] <まとめ> ・
福島第一原発事故による放射線は、野生脊椎動物の罹病や生殖、寿命に影響を与える可能性が示されました ・
影響が現れる可能性のある範囲は、原発周辺や浪江町・飯舘村付近のホットスポット周辺だと考えられます ・
影響する範囲は時間とともに減少していきますが、一部の地域(原発周辺や浪江町・飯舘村付近のホットスポットの中心部)ではその影響は数十年以上にわたって残る可能性があります ・
今後、生態系は長期にわたって低線量の被曝を受けると考えられることから、野生生物に対する様々な影響をモニタリングしていく必要があると考えられます ・
同時に、人が避難した地域に野生動物が増えるといった間接的な効果なども調べていく必要があると考えられます <注意点> はじめに記述した仮定以外に、以下のような注意点があります。 ・
影響評価に使用した閾値は影響が出始める値を元に作成されているため、影響が現れるとされた範囲に生息する脊椎動物すべてに影響が現れるとは限りません ・
逆に,放射線量の局所的なホットスポットは推定出来ていない可能性があり、影響がないとされている地域でも,地形的な窪地など局所的なホットスポットに行動圏を持つ個体に影響が現れる可能性もあります ・
人間への影響については評価していません。野生の脊椎動物とヒトは放射線への感受性が似ていますが、衣類もなく現地で育ったエサを食べて地表近くで一生を送る野生動物は、人間よりも大きな影響を受けると考えられます ・
将来予測は予測した時期が遠いほど誤差が大きくなるので、定期的に更新する必要があります <方法> データ収集 ・
空間線量率のデータは、東京電力や文部科学省、自治体(都県および市町村)、研究機関などのウェブサイト上で公開されている合計11824地点の測定結果を使用しました(入手先のリストへのリンク) 放射性核種比の推定 ・
放出された放射性物質はヨウ素(I-131)とセシウム(Cs-134、Cs-137)の3種類であると仮定して、それらの半減期の違い(I-131:8.02日、Cs-134:753.8日、Cs-137:11012日)を利用して核種の空間線量率への寄与比を推定しました ・
事故直後(2011年3月15日から3月18日)から2011年6月30日までに、空間線量が同一地点で継続的に測定された地点(48地点)を利用して、下記式によって起点(2011年3月15日)の放射線量を推定しました y = I-131 × (1/2)^(t/8.02) + Cs-134 ×
(1/2)^(t/753.8) + Cs-137 × (1/2)^(t/11012) y:測定された空間線量率(µSv/h)、t:2011年3月15日からの経過日数 ・
実際には、Cs-134とCs-137の半減期が長いためそれぞれ分けて推定することができなかったため、Csはまとめて解析しました(半減期には11012日を使用).あと数ヶ月すれば時系列データに差が生じて区別できるようになると思われます ・
その結果、起点ではI-131が全体の約80%を占めると推定され、Cs-134とCs-137はそれぞれ10%(計20%)であるとしました(福島大学による土壌中の核種比測定結果http://www.sss.fukushima-u.ac.jp/FURAD/FURAD/doc-fukushimacity.htmlによると、Cs-134:Cs137はほぼ1:1でした) ・
よって核種の比はI-131:Cs-134:Cs-137=8:1:1であったとして、空間線量率の将来予測に使用しました 空間線量率の将来予測とマップの作成 ・
推定された核種比と半減期を用いて各測定地点における将来の空間線量率を推定して、逆距離加重法(IDW)による空間補間をおこない空間線量率マップを作成しました(※放射性物質は移動しないと仮定) ⇒ 空間線量率の将来予測(2011年4月1日から2041年4月1日まで) ・
影響評価ではアカネズミの妊娠期間を想定して、20日間の空間線量率の平均値を算出して使用しました ・
事故発生後直後の20日間(2011年3月15日〜4月3日)については測定値のばらつきが大きいことから、時系列で測定をおこなっていた地点の実測値を用いて平均値を算出しました(合計265地点、ただし一部の欠損値と20km圏内の測定地点については推定値で補間) ・
20日間の平均線量率マップ上にSazykina
et al. (2009)で提案された野生脊椎動物に影響が出始める放射線量レベルをマッピングして、可視化をおこないました <引用文献> Sazykina
TG, Kryshev AI and Sanina KD (2009) Non-parametric estimation of thresholds
for radiation effects in vertebrate species under chronic low-LET exposures
Radiation and Environmental Biophysics 48(4): 391-404. http://www.springerlink.com/content/92t73111772g1473/ |