原町市町づくり研究会シンポジウム記録・20001021

植物生態学の面からみると…

 

小池文人(横浜国立大学・助教授)

島田直明(横浜国立大学・大学院博士課程)

榎本哲也(横浜国立大学・大学院博士課程)

 

 自然(ここでは特に植生)の価値には,災害防止や水資源,微気象,生物資源,文化,などさまざまなものがある(図1).文化の中にも,他の地域と違ってここにしかないもの(原町でいえば野馬追いなど)と,どこにでもあるが住んでいる人の心の中にある自然(里山,小川など)があるだろうと思う.心の中にある自然のイメージも文化(心の中で作り出されて,ひとの幸せに貢献するもの)の一つかもしれない.ここでは特に文化的な面について話してみたい.

 

図1.自然の多面的な価値

 

 住んでいる地域の裏山が開発されてなくなれば,ずっとその地域に住んできたひとにとっては,心の中の自然のイメージと現実とのギャップにストレスを感じるだろう.しかし,このような気持ちは実際にはあまり重要視されてきたとはいえない.ひとりひとりにとっては,富士山以上に自分の住んでいる地域の裏山のほうが大切で,富士山は少しだけ大切,ということになるかも知れない.しかし少し離れた町のひとにとっては,その裏山は認識すらされていない.そこで,日本中のひとが投票すると,良く知られた富士山が少しずつの得票をたくさんつみ上げるため,けっきょく日本でいちばん大切,という結果になってしまう.これが,自分の家の裏山の価値が「一般性がない」として認められない理由のひとつだろうと思う.

 

 しかし町づくりの目的が住んでいる人を幸せにすることであるなら,狭い地域の中の町づくりでは,地域の自然(日本全体からみればありふれていても)は重要なポイントになってくると思われる.昔から続いてきた,多様な生物が生活する環境も大切にする必要があるだろう.

 

 

 

1.上町湿地は野馬追の草原の遺存断片

 かつて草原で野馬追が行われたころ,その草原にはどんな植物が生えていたのだろうか.またそのころの草原の断片は市内のどこかに残っていないだろうか.

 草原に多いススキやチガヤは種子に羽毛があって風ではこばれるので新しくできた裸地に簡単に入り込めるが,一方で江戸時代の昔から続く草原にしか見られない植物も多い.ススキやチガヤと外国からの帰化植物が混じっているだけの草地は新しいものであるが(例えば,ひがし公民館や無線塔跡),ツリガネニンジンやワレモコウ,ノハナショウブなどが生える草原は古いものである(表1). 図2と図3は,それぞれ古くから続く草原と新しい草原である.

 

表1.昔からの草原と新しい草原にみられる植物の種類.この中でツリガネニンジンとナンテンハギは有名な山菜でもある.

昔からの草原

造成地の新しい草原

目立つ種類

 

 ススキ,チガヤ,トダシバ

 

ススキ,チガヤ

その他の種類

 

 ツリガネニンジン

 ワレモコウ

 ナンテンハギ

 ノハラアザミ

 ミツバツチグリ(湿も)

 ヒメシロネ(湿)

 ヌマガヤ(湿)

 ノハナショウブ(湿)

 アリノトウグサ(湿)

 

 

セイタカアワダチソウ

 

 

図2.上町湿地(撮影:島田) なにげなくみると雑草が茂っているだけの荒地のように見えるが,昔から続く植物が草原の中に数多く生活している.

 

図3.横浜国大構内の新しく造成された場所にできたススキ草原.ススキの他には帰化植物のセイタカアワダチソウがあるくらい.

 

 かつて野馬追の草原があった地域の中にはいくつかの草地があるが,その中で上町湿地には多様な草原・湿原性の植物が見られるため,野馬追の草原の遺存断片と考えても良いかもしれない.また現在の野馬追の祭場の観覧席の草原は,ややきつく草刈りをされているが草原性の植物が見られ,こちらも野馬追の草原のなかでも乾燥した場所を偲ぶことができる.明治41年測図の最も古い原町の地形図では上町湿地と現在の野馬追の祭場(今は牧草が播かれてしまっている),さらに御本陣山の南側の平地(日本エレクトロニクスの近く)あたりに湿地が示されている(図4).ちなみに御本陣山の斜面にも草地の部分がある.当時の野馬追の草原では,ひろがる草原の中に湿地が点在していたのであろう.

 ただし上町湿地を町づくりに生かそうとすると,やはり綺麗な植物が生えていた方が皆の共感を得られやすい.かつて自然に生育していたサギソウ(100年後の日本からの絶滅確率99%)が乱獲によって絶滅してしまったことが非常に悔やまれる.また御本陣山の観覧席も工事跡などに青々とした外国産の牧草が播かれていて残念である.

 

図4.明治41年ころの原町(大日本帝国測量部1:50000地形図,「原町」).緑の部分が湿地で,黄色に着色した草地がそのまわりにひろがっている.雲雀原には芝地や雑木林,桑畑などもみられる.日本の草地は明治のはじめには国土の10%程度を占めていたが,それ以降は一貫して減少している.明治41年の地図は,この減少過程の途中の状態を示している.

 

 

 

 

2.草原の植物は,丘陵の雑木林に入り込んだ小さな谷の水田の土手にも分布している(島田直明)

 また,このような伝統的な草原の植物が,市内の他のどこに分布しているのかを調べている.市内を500m×500mに分割し,その中を2時間〜3時間あるきまわって草原の植物の分布を調べた(図5左).現在までの結果では,谷沿いの水田が丘陵に入り込んだ山際の水田の土手に集中して分布していることがわかった(図5右).新田川の堤防や国道6号線の土手,常磐線の線路沿いなどにもいくらかは分布するが,それほどではない.また構造改善で土が動かされると消滅する.このような調査を行うことにより,里山の中でもより重要な地域を抽出することができる.

 

(左)調査の記録用紙の例

(右)調査結果.湿原の種と草原の種を重ねて示す

 

図5.500m×500mの範囲を2時間(平坦地)から3時間(丘陵地)かけて3.4km程度の距離を歩き,指標種を1:2500地形図にマッピングする(左).10m以内の隣接した個体はまとめて面的に示す.調査の信頼性を担保するために歩いた経路も記入しておく.多くの種が出現した地域の重要性が高い(右).この図から,丘の北側の山裾に比較的重要な地域が広がっていることがわかる.

 

 

 

3.調査の過程でわかった原町の貴重な湿地群

 この調査のなかで,タヌキモ科の絶滅危惧植物(II類,100年後の日本からの絶滅確率50%)が生育する湿地が,鹿島町との境の丘陵地の雑木林の中に数多く点在していることがわかってきた(榎本).普通の湿地は平坦地にできるが,ここでは砂岩とシルト岩が互層になっていて,地層からしみ出た水が流れる斜面が湿地になっている.愛知万博が計画された海上の森もこのような構造の湿地群であり,このようなタイプの湿地群が分布する地域は,希少な湿地植物の生育場所として重要であることが知られている.これまであまり有名でなかったが,原町の丘陵地の湿地群は全国的にも貴重なものであると思われる.ただし,これまでに調査した地域が狭いため,このような湿地群の分布の全体像はわかっていない.

 残念ながら鹿島町との境の丘陵地帯には,すぐ近くに立地する石炭火力発電所の灰捨場がある.その拡張計画も進んでいるため,この周辺も埋め立てられる可能性がある.丘陵と谷をふくめた,ある程度広い地域の保全が必要であると考えられる.なお園芸的に価値のある種はすでに採集されつくされているらしい.

図6.砂岩と泥岩の互層になっていて,斜面の途中から湧水があり,湿地になっている.湿地の周辺は貧栄養のため樹高が低くなっており,光が地面に射し込んでいて,湿地性の植物が生育している.

 

図7.調査地域内の絶滅危惧種(II類)が分布する湿地群の分布と,同じく絶滅危惧種(II類,100年後の絶滅確率2%)のタコノアシ(ベンケイソウ科)の分布.タコノアシの本来の生育地は新田川の河原などであるが,休耕田にも分布している.

 

 

 

4.島のように点在する生育地で植物はどのように生き続けているのか(榎本哲也)

 湿地群の湿地も,長い歴史の中では森林に覆われて植物が生育できなくなったり,水脈が枯れたりして,消滅と生成を繰り返してきたと思われる.そのたびに湿原の植物も絶滅と種子による侵入を繰り返してきたと考えられる.また今回の調査では同様に絶滅危惧種のタコノアシという植物が見つかったが,これは新田川のほとりや休耕田などの変化の激しい生育地を点々と移動しながら生きのびてゆく植物である.

 このような流浪する植物が生育し続けて行くには,ひとつの湿地が保全されているだけでなく,湿地の消滅と新生がくりかえされている地域全体が保全されている必要がある.この保全方法を考えるモデルとして樹木のハンノキを調べている(ハンノキは年輪で年齢を調べられ,草本よりも成長が遅いので種子散布による拡散過程をとらえやすい,などの利点がある).ハンノキは,(a)休耕田に一斉に入って林をつくるほか,(b)上町湿地や上記の希少種を含む湿地群では,さまざまな年齢の背の低い樹木が混じった集団をつくる.また,(c)雲雀ヶ原の町中に残存する集団は老齢個体のみからできている.

 原町のハンノキは,丘陵の湿地群やため池周辺で安定した集団が維持されていて(タイプb),周辺に休耕田や伐採地ができるとそこに侵入して一斉に林をつくり(タイプa),市街地に取り残されたものは新しい集団の形成が行われないため老齢の樹木のみになる(タイプc),という生活をしているのかもしれない.

 

図8.ハンノキ個体群のタイプ分け.縦軸は最も古い個体の年齢を示す.横軸は集団内の年齢のばらつきの大きさで,標準偏差の2倍を示す.同じ場所で更新を続けると大きな値になる.

 

図9.原町市の丘陵地におけるハンノキ個体群の分布.個体群のタイプごとに位置を示す.

 

 

図10. 原町市の丘陵地域におけるハンノキ個体群の相互関係の想像図.今後は種子の流れを調べることにより,このような個体群相互の関係が明らかになるかも知れない.

 

 

 

5.草原・湿地の植物をまもるために

 日本では,1960年代以降の雑木林や草原の利用方法の変化とともに,草原や湿地に生育する植物が少なくなくなってきている.原町市は野馬追いの伝統もあり,草原や湿地の植物をまもってゆくのにふさわしい土地かも知れない.

 このような植物の維持方法を表2に示す.草原や湿地の植物は光が必要なため,長期的には草刈りや伐採で光を与える必要がある.しかし草刈りや伐採は葉や花・果実を傷つけるため,その植物自身にも短期的な悪影響がある.貧栄養な立地では葉があまり茂らないため,刈取り間隔が長くても良好な光環境を安定して維持でき,多くの植物の重要な生育地になっている.丘陵地の斜面にできた湧水湿地では,有機物が蓄積しやすい平坦な湿地に比べて生態系内での肥料分の蓄積が遅いので,長期にわたって貧栄養な状態が維持され,希少種の宝庫になりやすいのかも知れない.

 なお,草原の管理については,原町出身で私たちの研究室を卒業した服部睦子さんが詳しい.

 

表2.草原や湿地の植物の管理方法

良いこと

悪いこと

<昔の里山や土手の利用法を再現>

1.        年に1回から数年に1回ていどの草刈り

2.        適当な年数をおいて林を伐採

 

 

1.        草刈りをせずに何年間も放置する

2.        刈った草をその場に放置する

3.        逆に年に何度も頻繁に草刈り

 

<周辺の環境>

1.      地域全体の中に複数の生育地が点在する状態を保つ

 

 

1.      生育地を孤立させる

2.      生育地のまわりの雑木林を開発する

3.      生育地のまわりの水田を埋め立てて畑にする

4.      まわりから肥料分が流れ込む

 

 

<生育地の保全>

1.      生育地を火力発電所の灰の最終処分場や宅地・工業団地にする

 

 

<乱獲など>

1.      自分の家の庭に保護して栽培(自然に維持されている個体群なので価値がある)

2.      自分の庭の植物を野外に植え出し(植出しは絶滅してしまった後の最後の手段)

3.      生育地が開発されるので近くの草地・湿地に移植する(自然の中で個体数はそれなりのメカニズムによって調節されている.畑で作物を栽培するのとは全く異なった考えかたが必要になる)

 

 

 

 

文責:小池(koikef@ynu.ac.jp