千ノ川整備シンポジウム講演内容 2002年8月25

(千ノ川は,地形的には藤沢市の辻堂付近からはじまり海岸砂丘の内陸側の後背湿地を海岸と平行して流れて相模川と河口近くで合流する河川である.下流ではいったん小出川に合流してから相模川と合流するが,千ノ川の最下流部は感潮域にかかっており,台風による高潮などのときには海水が侵入する可能性がある.茅ヶ崎市の市街地を流れているために水質は悪く渇水時の水量も減っているが,そのわりには生物の豊かな河川でもあり,平成13年に「清流ルネッサンスII」のメンバーに採用された.茅ヶ崎市は相模川に近い海岸砂丘の上にできた町だが,高度経済成長の時代に千ノ川流域の後背湿地をそのまま宅地開発して分譲してしまったため,住宅などの浸水が頻繁に起きている(当時は浸水のハザードマップはなく,不動産業者にもリスクの説明責任はなかったらしい).そこで,きれいで生物の豊かな川の実現と治水事業とが同時に検討されている)

 

 

 

 

川の生物にとっての水質と生息場所

 

小池文人(横浜国立大学環境情報研究院)

 

 

ひとくちに川の生物といっても,堤防の上などの乾いた草原の生物群集と,水の流れるところにある水辺の生物群集がある(図1).大きな河川で大きな堤防や河原があるところでは草原の生物群集も大切だが,ここでは水辺の生物群集のみに注目してゆく.

 

図1.川を構成する生物群集

 

 

ここでは,千ノ川整備計画にともなって,茅ヶ崎市が発注して行われた自然環境調査の報告書のデータを元に,千ノ川の水辺の生物にとって必要な環境を明らかにしてゆきたい.この調査では水質・水量や生物などの調査が行われていて,地元で生物の調査を行ってきた市民グループのメンバーも市民調査員として参加している.当初は2001年秋から1年間の予定で日本工営株式会社に発注されたが,途中から株式会社間瀬コンサルタントに変更され,それに伴って2001年秋から2002年早春にかけての日本工営株式会社による調査データが「水循環水環境千ノ川整備計画業務委託自然環境調査 結果報告」として提出されている.今回はこのデータをもとにした.

 

 

<水質と水量について>

図2の中の青マークの地点で9月,11月1月,3月に4回の調査が行われている.また緑やオレンジ色のマークの地点で補足的な調査が行われている.

 

図2 水質・水量の調査地点と調査項目.(報告書の調査地点図を引用,加筆)

 

 

下流では本流の上流に当たる菱沼雨水幹線の約3倍の水量がある(図3).赤羽根雨水幹線と合流直後の千ノ川橋の水量は,下流での水量の約1/2である.また東邦チタニウムやトピー工業などの工場からの有機物汚染のない排水は,下流の水量の1/4を占める.

 有機物汚染は上流部で激しいが,下流ではきれいになる.

 

図3.水量と有機物汚染(報告書の図を引用,加筆)

 

 

多くの項目の4回の水質調査結果はそのままではわかりにくいため,主成分分析で集約した(図4).第1主成分は有機物汚染(BOD,COD)や肥料分(T-N,T-P)からなり,第2主成分は流量が寄与していた.この2軸で76.2%を説明できた.水質測定の値は調査回ごとに変動するが,相対的な値の大小関係は変わらない.また有機物汚染と肥料分も同調して変化している.汚い菱沼雨水幹線とそれよりはきれいな赤羽根雨水幹線が合流し,その後は下流へ行くに従ってきれいになっている.また小さくてきれいな水路が途中で合流している(湧水も多い).

 ちなみにBOD/COD比が流域全体でほぼ一定であることや,後述するように下流に豊かな生物群集があることから,工場からの排水中の化学物質の影響はほとんどないと考えられる.

 

 

図4.水質・水量の主成分分析での集約.4回の測定は別の変数としあつかった.東邦チタニウム横水路は1回の測定データしかないため,他地点との間で偏差値を計算し,この偏差値から3回の測定値を推定したうえで主成分分析を行った.

 

 

 

<生物の分布>

生物の分布調査は川を7つの区間に区切った水路1−7と,湧水起源の小さな流れの水路8で生物相を調査している.また川に沿って1:500の縮尺の植生図を作成していて,抽水植物や沈水植物の群落の分布が把握されている.今後さまざまな河川改修がなされたときに,現在と比べて良くなったのか悪くなったのか,を比較するためのレファレンスにも使える.

 バンやアオサギ,カワウなどの水辺の鳥や,ウグイ,ニゴイ,マハゼ,シマイサキ,ボラなどの海から遡上したものを含む魚類,モクズガニや数種のテナガエビなどがみつかっている.また,マコモ群落とガマ・ヒメガマ群落を抽水植物群落と考えて面積を測ると約5800 m2(うちマコモ群落は110 m2)あった.沈水植物はヤナギモ群落が85 m2あった.なお千ノ川ではヨシ群落はおもに湿った陸上に見られるため,抽水植物群落には含めていない.

 

図5.生物調査.(報告書より引用,加筆)

 

 

8つの水路の生物群集を「みんなでGIS」の座標づけ分割法によって分割型のクラスター分析を行った(http://vege1.kan.ynu.ac.jp/minnagis/).

 最も大きなレベルの分割では,抽水植物のガマ,ヒメガマや鳥のカルガモ,カワセミ,両生類のウシガエル,魚類のボラやナンヨウボラを特徴的に持つ生物群集と,カワニナ,ヒメモノアラガイ,シマヨシノボリ,コヤマトンボ幼虫,などを特徴的にもつ生物群集に分かれた(図4).前者は抽水植物群落を中心とした生物群集で,後者は石の上で生活する種を含んでいて,3面張りの水路に対応している.

 抽水植物群落を中心とした生物群集はさらに,モクズガニ,テナガエビ類,水鳥のバンなどを含む生物群集と,特徴的な種が存在しない生物群集に分割できた.前者はとても豊かな生物群集であるが,後者は環境の悪化によって種が欠落して貧弱になった群集である.

 いっぽう3面張りの水路の生物群集は,ウグイ,マメシジミ,ヤマトヌマエビ,テナガエビ類,イトトンボ幼虫などの比較的多くの水生生物を含むきれいな水に対応した生物群集と,水生生物には特徴的な種がなく貧弱であるが,サギ類やコガモなどの水鳥が訪れることがあるやや大きめで水の汚い3面張りの水路の生物群集に分けることができた.

 

 

図6.生物群集のタイプ分け.座標づけ分割法では主成分分析の第1軸で展開したあとk-means法でグループ分けしたが,そのときの主成分分析の固有ベクトルで寄与率が大きく,かつ出現回数が多くてノイズが少ないと思われる種の中から数種を特徴的な種として掲載した.ただしマメシジミなどは再確認した方がよいかも知れない.

 

 

このような生物群集のグループ分けに対応する環境要因を調べた(図7). はじめの分割では,川の大きさ,護岸が2面張りか3面張りか,抽水植物群落が多いかどうか,など生物の生息場所についての要因が効いていた.次に抽水植物群落の中での豊かな群集と貧弱な群集の比較では,水質の善し悪しが重要な要因であり,主に水質が悪いことで種の欠落が起きていた.3面張りの水路の中の違いはやはり水質であるが,水路の大きさにも違いがあった.

 近隣地域のさまざまな河川の調査データをあわせて解析すれば,より確かな結果が得られると考えられる.

 

図7.生物群集に影響する環境.水路8の水質・水量データはないので,かわりに類似していると思われる東邦チタニウム横水路の値を用いた.サンプル数が少ないものでは厳密な統計検定はできなかったが,平均値を比較して大きな差があったもの(t検定の有意水準の高いもの)を示す.

 

 

 

 

 

<これからの千ノ川>

千ノ川の生物にとって重要な環境要因の優先順位は以下の通りで,まず一番に重要なのはすみ場所で,次が有機物汚染であろう.環境ホルモンについては,多摩川でフナの異常が見つかっているがそこでフナ個体群が絶滅するほどではなく,また特定の環境ホルモンに感受性を持つ特定の生物の野外の生物群集での欠落などの現象は,今のところ気づかれていない(農薬やダイオキシンによる水鳥の卵の死亡などはある.また生物の調査を繰り返し行って特定の生物の消失がないかどうかモニターすることが望ましい.あたりまえのことだが脊椎動物に対する環境ホルモンと節足動物に対する環境ホルモンは別の物質).いずれにしても,多くの生物が一斉に消失する3面張り護岸や有機物汚染と比べれば,相対的なリスクはかなり低いとおもわれる.

 

 1番  すみ場所(抽水植物群落など)

 2番  水質(有機物や肥料分)

 3番  その他の物質(環境ホルモン,化学物質,重金属等)

 

 千ノ川を良くしてゆくためには,まずすみ場所としての抽水植物群落を大切にする必要がある.千ノ川で抽水植物群落をつくる植物は以下の3つ(ガマとヒメガマをまとめる)である.

 

表1.千ノ川で抽水植物群落をつくる植物

種名

特徴

マコモ

安定した場所で抽水植物群落をつくる.種子は大きいので散布距離が短いと思われる.千ノ川では下流部にある.

ガマ・ヒメガマ

千ノ川の抽水植物群落の主要な種.種子が風に乗って遠くまで散布されるため,休耕田や埋め立て地の水たまりなど,できて間もない遷移途中の水域に多い.

ヨシ

千ノ川ではふだんは水のかからない湿った陸上に多く,抽水植物としてはあまり貢献していない.

 

 これからの水質の目標としては,多様なエビ類が全域に分布し,沈水植物群落(ササバモ,エビモなど)も多くなるような状況が望ましい.千ノ川の上流部は汚染に強いコイがやっとすめるα中腐水性(多くの都市の河川)だが,下流は田園地帯の川に相当するβ中腐水性に限りなく近い.このため,目標の実現はそれほど難しくないと思われる.ちなみにこの目標は,千ノ川の公的な水質基準値(BOD<5.0)とも同じレベルである.

 生物の立場からやって欲しくないこととやっても良さそうなことを図8に示す.

 

図8.千ノ川の生物にとってよくないことと良いこと.ただし水鳥の子育て期間は近寄らない,などの配慮が必要.また人間が町歩きの靴で入れる親水護岸を広範囲に設置して都市公園化すると生物にとっては厳しい.

 

 

 洪水対策としては,現在は下流の河床の掘下げが案としてあがっているが,単純に掘り下げると抽水植物群落とそれにともなった豊かな生物群集が消失する可能性がある.菱沼雨水幹線の豪雨時の水を砂丘をこえて海側の雨水幹線に流す暗渠をつくったり,横浜市に見られるような大きな遊水池を学校などの公共用地を利用してつくる(吉村伸一氏)など,豊かな川と治水を同時に満たすことができるような,さまざまなアイデアが考えられる.

 

 

 渇水時の千ノ川の水量を確保して水質を良くするためには,今でも地下水位が高い周辺の住宅地の地下に暗渠排水のパイプを埋設して自然に湧出する地下水を使用する,などいろいろな方法が考えられる(ふだんの千ノ川の水位は地下水位よりもかなり低いため,川沿いに護岸からしみ出た湧水が見られる.砂地のため透水性が高いので暗渠の密度は低くてよさそう.また住宅のためにも良いとおもう).

 

 ちなみに現在は,渇水時の水量確保のために相模川流域下水道の河口の処理場である柳島処理場からの下水処理水を導入して水量を確保することも案としてあがっている.水質の面からみると,下水処理水は千ノ川の上流部の水と同じくらいか,場合によってはそれよりきれいである(表2).ただし大量に放流すると,きれいな流入水で薄められたり,自然浄化できれいになっていた下流の水質が悪化すると思われる.現在の処理水をそのまま流した場合は,下流の富士見橋や古相模橋のあたりの豊かな生物群集から,モクズガニやテナガエビ類が消失すると思われる.下流部の水質を現在と同じレベルに保つには,有機物量(BOD, COD)を1/2,肥料分(T-P, T-N)を1/4程度にしてから放流する必要があると思われる.現在よりも良い水質を目指すのであれば,有機物量(BOD, COD)を1/4,肥料分(T-P, T-N)を1/8程度にしてから放流する必要がありそうだ.

 

表2.柳島処理場の放流水は何倍汚いか.千ノ川の水を1.0としたときの下水処理場の放流水の濃度の倍率.千ノ川の水質は報告書の4回の調査の平均値.

 

有機物量

肥料分

場 所

BOD

COD

リン

窒素

赤羽根雨水幹線

1.106667

1.793103

2.56

1.685714

上の田橋

0.4

0.825397

1.6

1.251989

千の川橋

0.851282

1.155556

1.882353

1.325843

北茅ヶ崎橋

0.851282

1.405405

2.352941

1.616438

新千の川橋

0.948571

1.485714

2.844444

2.070175

梅田橋

1.66

2.08

4.050633

2.712644

富士見橋

2.213333

2.363636

4.444444

3.347518

古相模橋

1.952941

2.363636

4.183007

3.347518

東邦チタニウム横水路

4.17756

4.119735

5.861756

5.335303

 

 

 

 

<補足>

質疑応答の時間に,抽水植物群落の自然浄化能力(分解,沈殿など)についての質問があった.川に流れ込む全有機物(BODなどで計る)と流出する全有機物の量を比べると自然浄化の量を知ることができる.自然浄化がなければ,たとえ濃度が下がっても,全有機物の量は減らないはずである.それに対して自然浄化が働いていれば全有機物の量は減少する.ちなみに流入したり流出したりする有機物の量は,濃度(BODなど)×水の流量 で計算できる.

 菱沼雨水幹線の上ノ田橋から最下流の古相模橋までの千ノ川をまとめた測定値は,把握できている流入265(水量×BOD)に対して,流出は38(水量×BOD)であり,BODでみると流れ込んだ有機物の86%が千ノ川の自然浄化作用によって除去されている.ちなみにCODで見ると有機物の57%が,肥料分では窒素の57%,リンの33%が取り除かれている.流出する水質を決める古相模橋のデータの誤差に影響されるため,BODの浄化能力は大きめの推定値になっているかもしれないが,千ノ川は市街地の短い川なのにとても大きな浄化能力をもっていることがわかる.下流の水量が上流の千ノ川橋の水量の2倍程度でしかないことを考えると,千ノ川の下流の水質が良好で,豊かな生物群集が存在する理由は,きれいな水の流入による希釈よりも,むしろ千ノ川自身の高い自然浄化能力によると考えられる.

 

図9.有機物量の流れ.水量×水中の有機物濃度(BOD) として流れている有機物の総量を計算してある.自然浄化がなければ,たとえきれいな水で薄められたとしても,下流へ行くに従って量が多くなる(下流ほど図の幅が太くなって普通の流量のようなグラフになる)はずだが,千ノ川では下流で細くなっていて,活発な自然浄化作用があることがわかる.(報告書の図を引用.3月7日の測定データから描かれている)

 

 

 

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<追加情報>

 今年の夏の調査では,下流の水路1と水路2で汽水性水草のリュウノヒゲモ(Potamogeton pectinatus L.)がみつかったそうです(絶滅危惧II(VU),全国で約9000個体,100年後の予測絶滅確率100%,絶滅の主要因は水質汚濁と池沼開発,土地造成).海に近いところに多い水草なので,千ノ川と海とのつながりを感じます.(2002年11月13日)

 

 伊勢原市にある向上高校の生物部の調査によって,相模川下流域の支流の淡水シジミはほとんどが在来種のマシジミでなく外来生物のタイワンシジミであることが明らかになってきました.この地域のタイワンシジミの分布図は平塚市博物館の夏期特別展「平塚の生きもの地図」でも発表されていました(http://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/museum/tokuten/ikimono2.htm).タイワンシジミは少し黄緑色のものですが,これまで二枚貝がいなかった小さな小川でも生息できるため,日本の田園の自然のイメージが変わってくるかも知れません.(2004922日)